この作品には性的表現が含まれます。18歳未満の方の閲覧を禁じます。

第十三章 – 青春時代② 高校生活 Ep.1
非常に密度の濃いサマー・スクールを終えたエリスは、あれからスイスにいる家族や友達と再会し、残りの夏休みをゆったり過ごした。テムバやカイトたちともしょっちゅう連絡を取っていたが、時が経つほど次第にその頻度も落ち着いていった。特にカイトからの毎晩のラブコールは、最初の1週間こそ継続していたが(カイトのサマー・スクール中)、それからは週1、週2とだんだんとペースが落ちていき、最終的に月1ペースで習慣化された。
カイトから『すまねぇ、エリス! あんま君の顔ばっか見てっと、会いたくて会いたくて悶々としちまっからよ、これからは電話のペース落とすわ!( TДT)SOORRYY』というメッセージが来て以降、電話の頻度が落ちていったのだが、これはたぶん建前で、彼もいろいろと忙しいみたいだった(学業とサーフィンを両立しているのだから仕方ない)。
それはそうと、8月下旬からはいよいよエリスも『高校生』である。本章からはその生活の一部始終を描くことになる。ともに彼の青春を1ページずつ捲っていき、世界最高の高校生活を追体験しようではないかっ!
予備知識① スイスの教育制度
エリスの高校生活を語る前に、いくつかの予備知識やエリスの置かれた教育環境について説明せねばならない。まずはスイスにおける高校の進路が、主に四つのパターンに分かれることを説明をする。
まず第一パターンが、『職業訓練学校(Berufsschule)』という専門技術や職業資格、職業教育証明(CFC)の取得を目指す学校である。続いて第二パターンが『専門学校(École professionnelle)』であり、職業訓練教育と学業を組み合わせた形式を取っている。スイスでは大学進学率が高くないので、ほとんどの学生は上述のどちらかのパターンに進むことになる。
そして第三パターンが、『ギムナジウム(Gymnasium)』という大学進学に特化した教育機関である。ギムナジウムはドイツ発祥の制度なので、主にドイツ語圏の大学進学に最適化されたシステムとなっている。先の二つよりアカデミックな教育を重視しており、学業優先なので、日本の高校における部活動みたいなものは基本的には存在しない。
ギムナジウムを卒業すると『アビトゥーア(Abitur)』や『マチュリテ(Maturité)』と呼ばれる大学進学資格を取得できる。アビトゥーアは文理が厳密に分かれており、取得するとドイツ、および多くのオーストリアの大学に無試験で入学可能となる。
一方マチュリテは文理混合で自由度が高く、取得するとスイスおよび多くのイタリアの大学へは無試験で入学可能となり、また学校によってはフランスでも、フランス大学入学資格『バカロレア(Baccalauréat)』と同等に見做される場合がある。つまりスイス周辺にある非英語圏の大学に進学したい場合は、ギムナジウムに入学するのが近道なのだ。
最後の第四パターンが『インターナショナル・スクール』である。アビトゥーアやマチュリテだけでなく、国際的な大学進学向けのプログラム『国際バカロレア・ディプロマ(IBD)』を提供しており、世界中の多くの大学に無試験入学することができる。よって英語圏の大学に進みたい場合はこちらを選択することになる。
エリスが受けた教育⑤ Enseignement secondaire II
15歳なった彼は中等教育IIとして、オボンヌにある『La Côte International School(ラ・コート・インターナショナル・スクール)』に入学した――と言いたいところだが、彼の通っているモーザー学校は小中高一貫校で、スイス・マチュリテ+国際バカロレアのダブル・ディプロマ(Double Diplôme:二重学位)取得が可能な、かなり特殊で貴重な学校(分類するとすれば、インターナショナル・スクール寄りのギムナジウム)なので、わざわざ友達と離れて自転車でも通えなくなる距離にあるインターナショナル・スクール(以後ISと表記する)に転入するメリットは低いと言える。
よってエリスは15歳からも、これまで通り『École Moser Nyon(ニヨン・モーザー学校)』に通うことになるが、この学校も決して一辺倒な進路しか取れないわけではなく、先に示した真正ISほどの多国籍環境ではないにせよ、大学進学資格取得という点では同等かそれ以上の環境であることは間違いない。それに現在のエリスはまだ、『将来こんなことがしたい』という目標は全く定まっておらず、また外国で働こうなどとは微塵も考えていない段階であるので、この選択肢が一番リアリティがあると言える。
もっとも、日本の公立高校しか知らない私としては、さも当たり前のように高校からは別の学校に入学するものと思い込んでいて、当初もそのつもりで書いていてたのであるが、いざエリスの立場になって考えた場合、友達と離れて片道20kmの学校に通って(もっと言えば毎日祖父母に送迎の手間をかけて)まで、家族のいるスイスを出て英語圏で仕事したいとは思えなかったのである。こんな言い訳じみた説明を地の文でしてしまっているのも申し訳ない……。
と、ともかく! エリスは新学期からもモーザー学校で学ぶことになったよ! 新しい友達が増えにくいのは残念だが、見知った友達がたくさんいる高校生活なんて最高ではないか!? きっと素敵な経験が彼を待っているはずだ!
予備知識② モーザー学校における教育カリキュラム
通常、ギムナジウムは6学期制を採用しており、資格取得機会としては、6学期目の年の5~6月に『州立マチュリテ』として各高校内で受験する(使用言語はその言語圏に則る)場合が多いのだが、モーザー学校は5学期制の短期カリキュラムになっており、5学期終了後の1月末にローザンヌなどの外部会場で行われる『連邦マチュリテ』の自由受験を、資格取得の受験会場としている。こちらの統一試験では使用言語を、フランス語・ドイツ語・イタリア語から選択できるようになっている一方、州立マチュリテよりやや高めの難易度となっている。
またダブル・ディプロマ制度に関してだが、モーザー学校に通う生徒はギムナジウムの第2学期終了時までに、このプログラムに従うか申告することになっており、従う場合は通常の13教科から選択した6教科において、国際バカロレア(以後IBと表記)用の追加課題(発展的な授業やエッセイ・プレゼン・論文の作成)を行うことになる。またIBD取得にはIBコアという次のような課題もクリアせねばならず、それも学校側が指導してくれることになる。
・CAS(Creativity, Activity, Service):課外活動(芸術活動、クラブ活動、奉仕活動)。合計150時間。
・TOK(Theory of Knowledge):知識の理論。自分の思考や前提を疑い、批判的思考を鍛えるための授業を受け、最終的に英語でエッセイを作成。
・EE(Extended Essay):拡張エッセイ。IBで選択した6教科から一つ選んで独自研究レポートとして提出。実質、卒業論文。
そのうえで、第5学期終了後の5月にモーザー学校内で実施されるIB本試験(6教科全て英語で行われる)を受けることになり、合格すれば晴れてIBD取得となる。このようなことが可能な理由は、モーザー学校が『IB認定校(IB World School)』であるからだ。
エリスの選択② ギムナジウム・コースとダブル・ディプロマ
何度も説明ばかりで申し訳ないが、最後にモーザー学校における『三つの教育コース』に関して言及しておこう。そのコースとは専攻言語によって分けられたもので、一つが『フランス語のみ』のコース。これはドイツ語と英語を別々の授業で習う以外は、他の教科全てがフランス語で行われる――フランス語圏では最も一般的な――コースである。
次の一つが『ドイツ語+フランス語』のバイリンガル・コースで、こちらは歴史と地理の授業をドイツ語で行い、マチュリテでの該当科目の試験もドイツ語で受けられるようになっている。もしドイツ語で受けて合格すれば、『ドイツ語バイリンガル認定付きのスイス・マチュリテ』を取得するとこができ、これはスイス国内の高校卒業証明のなかで最高位の資格にあたることから、あのドイツ語圏にある名門『チューリッヒ大学』や『チューリッヒ工科大学』へ進路を取る場合は、有力な選択肢となるだろう。
最後の一つが『英語+フランス語』のバイリンガル・コースで、先ほどとは逆に歴史と地理を英語で習うことになる。同様に『英語バイリンガル認定付きのスイス・マチュリテ』の取得を狙え、またIB試験用に英語力を上げることもできるので、IBD取得を目指す生徒にとって最有力候補となるコースだろう。
エリスはどのコースを選んだのかと言うと……何と意外にも、『ドイツ語』コースだったのである! エリスはフランス語と英語はある程度できていたので(祖父母は元イギリス人なので)、ドイツ語力をもっと伸ばしたいと考えたことから、このような選択に至った――と言っても、この選択は14歳時点の『ギムナジウム準備期間』において行ったものである。
そしてギムナジウム第2学期ではダブル・ディプロマ・プログラムにも申し込むこととなるエリス! よって彼は以下のような授業を受けながら、ドイツ語バイリンガル認定のスイス・マチュリテと国際バカロレアの同時取得を狙うという、過酷なエリート街道を歩むこととなるのだ! はたして彼は無事合格できるのだろうか!?
エリスの受ける授業
・フランス語
・英語
・ドイツ語
・数学
・生物
・化学
・物理
・歴史(ドイツ語で)
・地理(ドイツ語で)
・視覚芸術 または 音楽 → エリスは音楽
・横断的フランス語(分野を越えて現代的テーマをフランス語で考える授業)
・選択科目(ラテン語、スペイン語、経済学と法律、科学) → エリスはスペイン語
おいおい! 選択科目までスペイン語とか、どんだけ言語能力鍛えてんだエリス(彼はモーザー学校に入ってからずっと選択科目でスペイン語を選んでいた)! さすがに忙しすぎだろう……頭イカれてしまうんちゃうか……いや、そんなことを心配しても仕方がない。さてさて、ようやく予習が済んだぜ! 早速、青春のページを捲ろう!
エリスの高校生活① 結成!ガールズ・バンド!?
「バンドをしよう。バンド名は、『ヴァルキュリア・セレナード(Valkyria Sérénade)』だ」
高校生活が始まって間もなく、エリスの音楽友達――通称『メタルガール』こと――キアラが、唐突にそう言った。その痛快な言いっぷりは、どこぞの野球チーム創設者を想起する……。ランチタイムでカフェテリアにいたエリスは、ちょうど食べていた給食のスパゲッティ・ボロネーゼをチュルッと吸い込んでから、目を丸くして「バン……ヴァル……何?」と聞き返す。うんとねぇ~、ワるちゃんも聞き取れなかったよ!
「だからバンドだよ、お嬢! アタイらでメタル・バンド結成しようぜ!」テーブルに身を乗り出しながら、さも最高のアイディアだという調子で告げるキアラ。エリスはさっきチュルッた麺を咀嚼しながら、その案自体も咀嚼するように天を仰いでから、すぐに「でも僕、楽器やったことないよ?」と返答する。
実際エリスは、学校の授業でピアノは弾いたことがあったが、それも人並み程度しか弾けなかったので、自分のなかで無意識に除外してしまっていたようだ。いきなりメタル・バンドと言われたって、ギターもベースもドラムもやったことがなかったので、彼がうろたえるのも仕方がなかった。キアラは彼に『うんたん、うんたん♪』とカスタネットでも叩けと言うのだろうか?
「なぁに問題ないさ、お嬢はヴォーカルだから!」キアラにそう言われて、一瞬だけ胸が躍ったエリス。サマー・スクールのときのカラオケ・ナイトを思い出す……人前で歌うことの気持ち良さを……。「お嬢、歌好きだろ? この前だってアタイが『Angra』のCD貸した翌日、楽しそうに『Caryy On』を口ずさんでたじゃんか?」エリスが赤面する。以前ついうっかり化学の授業中に歌ってしまって、みんなから笑われて恥ずかしい思いをしたのだ。
「うーん、だとしても、他のパートはどうするの?」そうエリスは食い下がったが、もう内心はノリ気で、たとえキアラとのツーピース・バンドだとしても、やってみてもいいかもって気分になっていた。
「そいつはこれから探すのよぉ!」キアラのノリノリっぷりには脱帽する。「アタイがギターだから、最低あとドラムとベースがいるな? それもできればツインペダルでバスドラ叩けるドラマーがいいし、あと欲を言えばツインギターにするためギターがもう一人と、シンセ使えるキーボードも欲しいな」そのスケールのバンドを、高校という閉鎖空間で組むのは難しいと分かってはいたが、理想を語らねば始まらないとキアラは思っていた。「んで、結成した暁には、オリジナルを2曲こしらえて、10月の学園祭(Promotions)か、4月の春祭り(Fête de Printemps)で披露すんのよ!」
「そんなに、とんとん拍子に行くかな……?」エリスが懐疑的な意見を述べる。それぞれ機材も高額なのに、それを都合よく持っていて、しかもそれも演奏できる人が見つかるとは、到底思えなかったのだ。「とりあえず、学校のみんなに聞いてみようか? まずニコにでも当たってみるみるね? ニコは確かドラム――」
「そのことなんだけどさ、アタイはできれば『ガールズ・バンド』にしたいんだ。バンド名ももう決めたし! さっきも言った『ヴァルキュリア・セレナード』! 北欧神話の戦乙女たち『ヴァルキュリア』に、愛する人に捧げる夜の静かな哀歌『セレナード』を合わせた名前! どうよ、カッコイイっしょ?」
「が、ガールズ? でも僕は男の子だよ?」エリスが当惑する。「それに僕、哀歌なんか歌えるかな……恋愛の経験だって、まだ……」ふと、テムバやカイトの顔が浮かんできて、顔を赤らめるエリス。二人ともどうしてるかな……テムバの言ったように、あれはやっぱり恋じゃなかったのかな……。
「なぁに言ってんのさ! お嬢は『お嬢(Demoiselle)』だろ!?」いかにも当然かのように彼女がそう言うので、むしろ自分の方が的外れなことを言ってる気がしてくるエリスだった。「それにヴァルキュリアって、戦場で傷ついた魂を天界に救済していくんだぜ!? まさにアンタのイメージとピッタリじゃん!」エリスは複雑そうだ。僕、誰の魂も救ったことないんだけど……。
「それにセレナードってのは、まぁ単なる装飾的な言葉というか……ほらっ、『シンフォニー』エックス、『ソナタ』アークティカ、『ラプソディ』オブファイア、摩天楼『オペラ』みたいな? よくメタルバンドの名前にはそんな音楽形式の名前付いてんじゃん? それよ、それ! セレナードは夜の静かな哀歌だから、若干メタルっぽくないかもだけど、そこを補って余りあるのがヴァルキュリアよぉ! な? ガールズバンドだとしっくりくるだろぉ?」
「う、うん……」エリスは少し悩んでいる振りをしたが、悔しいかな、確かにその名前はイケてると思った。『中二病』感満載なのが、返って高校生らしくていいとも思った。
「英語表記でセレネイド(Serenade)にするかも迷ったけど、やっぱアタイらフランス語圏だし、セレナードかなって? あでも略すとき『ヴァルナード(Val-nade)』なのは――」
「うんっ、気に入った!」突如エリスが賛成したので、聞き違いじゃないかと疑っている様子のキアラ。そんな彼女に対してエリスは、笑いながら再度しっかりと伝える。「だからね、『その名前気に入ったよ』って! 他のメンバーが集まるかは分からないけど、とにかくバンド、二人でやってみよっか?」そう言われたキアラは、長年温めていた夢の第一歩が叶うという感動で、目に涙を溜めてワナワナと震えていた。
「お嬢ぉぉぉぉぉー!」堪らずエリスに抱きついて、頬や額をチュッチュするキアラ。エリスの対面席からの机越しによるアプローチだったので、彼の昼食の皿がひっくり返されてしまう。「うわぁぁぁ僕のボロネーゼェェェ!」彼が絶叫が、空しくカフェテリアに響き渡った。
こうして結成された高校生ガールズ?メタル・バンド『ヴァルキュリア・セレナード』! はたしてエリスたちは希望通りメンバーを集めて、二つのオリジナル曲まで完成させられるのだろうか!? 前途多難な『高校生編』が今、幕を開ける!
第十四章 – 青春時代② 高校生活 Ep.2
エリスの高校生活② メンバー集め!ソフィー編
「でね……キアラに誘われてバンドを始めたんだけど、よかったらソフィーもどうかな?」
その日の放課後、ティータイム中だったソフィーのもとを訪れたエリスが、早速『バンドメンバーにならないか』と彼女に声をかけた。ここはカフェテリアではなく、モーザー学校の外にある木の下の段差スペースで、彼女はよくそこで父親のお迎えを待ちながら、水筒に入れてきた紅茶を楽しんでいるのだ。
たまにそこでレジャーシートを広げてピクニックまでしている彼女は、先生たちに何度も「植木のところには入ってはいけません!」と注意されていたが、「何人たりともワタクシの午後のティータイムを邪魔させなくってよ?」と、全く聞く耳を持っていないようだった。彼女は内申書に多少傷を付けてでも、それだけは譲れないと高を括っているようだ。
ライラック色の日傘(ロリータ・デザイン)をクルクルと回しながら、水筒のカップを優雅に口に運んだソフィーは、やんわり温かい紅茶を無音で口内に吸い込んでから、少しの間ホッコリして、やがて怪訝な表情を浮かべて「バンドですって?」と言った。
「そうだよ! ソフィーはピアノが上手でしょ? キーボードをお願いできないかな?」エリスがまずソフィーに目を付けた理由は単純で、彼女がピアノを習っていて、何度かコンクールで受賞経験があることを知っていたからだ。
「嫌よ」即答だった。エリスが『どうして?』という悲し気な顔をすると、ソフィーがツンケンした態度で理由を述べる。「確かにワタクシ、おピアノは嗜みますけど、ワタクシが弾いているのは『クラシック』ですの。キアラに誘われたってことは大方、演奏するのは『うるさくて野蛮な音楽』なのでしょう? ワタクシの趣味ではありませんわ」
「シンフォニック・メタルはそんな音楽じゃないよ!」エリスが食い下がる。自分が大好きなもの――綺麗で美しくて、自分を幸せな気持ちにしてくれるもの――を先入観だけで決めつけられるのが我慢できなかったのだ。「メタルにはたくさんのサブジャンルがあってね? 例えば『メロディック・スピード・メタル』や『パワー・メタル』、『エピック・メタル』、『ペイガン・メタル』、あっ『ゴシック・メタル』や『ネオ・クラシカル・メタル』っていうのもあるんだよ? 確かに音数が多いからうるさく感じるかもしれないけど……」
まぁキアラがもっと過激なジャンル、『エクストリーム・メタル』や『ブルータル・デス・メタル』も好きなことは事実だっただけに、それ以上言い返せなかったエリス。はぁ、ソフィーが入ってくれたら、バンド活動ももっと楽しくなりそうだったのに……。半ば説得を諦めてしまっていたエリスだったが、次の彼女の言葉を聞いて、元気を取り戻す。
「あら、『クラシカル』に『ゴシック』? なかなかいい響きですわね?」ソフィーがお茶菓子として持ってきていたスコーンを鞄から出しながら言う。「優美な旋律が特徴ですの?」
「そうそう! どっちもオーケストラルな音楽だけど、ゴシックはより耽美的で様式美を追求したジャンル、ネオクラはより高度な速弾き演奏を多用するジャンルだよ! だからネオクラならきっと、ソフィーの演奏技術も遺憾なく発揮できると思う! どう、興味湧いた?」エリスが『食いついたお客様を逃しはしないぞ』という気概を持って擦り寄る。
「ふふ~ん、多少は腕慣らしになりそうね?」ソフィーはスコーンを齧ってからお茶を啜り、しばらく考えに耽ってから、こう言った。「まぁそこまでおっしゃるんでしたら、よくってよ? そのバンドに加入してあげますわ」エリスが満面を笑む。やったー! ソフィーが仲間になってくれた――。しかし彼女はそんな甘いお客様ではなかった。「ただし条件がありますわ――」突然ソフィーが日傘を使ってエリスの身体を引き寄せ、外からの視界を遮りながら彼を抱き寄せては、その耳元で囁く。
「あぁ『ワタクシの』エリス……あなた、ヴァケーションの間に何かありましたわね? いつも通り振舞っていても、ワタクシの目は誤魔化せませんわよ」エリスのシャツの中に手を入れ、彼の胸元をまさぐり始める彼女は、すぐに彼の身に起こった変化を感じ取った。「なるほど、違和感の原因はコレですのね――」彼女がエリスの身に着けているブラを引っ張り上げると、途端に小さく膨らんだ乳房が無防備になる。「全く忌々しいですわ! あなた、いつから女になったんですの?」彼女が乱暴に乳房を揉みしだき始める。
「ふあっ、やっ、そふぃ、やめてよっ」エリスが小声で拒絶の意思を伝える。今は日傘で死角になっているとは言え、あまり騒ぎ立てると他の人の注目を集めてしまうと思ったのだ。「き、今日のソフィー変だよ? どうして、こんなことすりゅ――あんっ」続いて彼女が乳首をこねくり回してきたので、思わず嬌声をもらしてしまうエリス。気づけばソフィーの短く整えられた爪が、彼の勃起した乳首をカリカリと執拗に攻めていて、エリスは喘ぎ声がこれ以上もれぬよう両手で口を塞いでいた。だ、ダメッ! このままじゃサマー・スクールのときみたいに、おチンチンが勃っ――。そこで彼女の攻撃が終わった。
「さぁエリス、答えなさい。いつからこんな『卑猥な』身体になったの?」普段のソフィーはもう少し温厚で、『スキンシップ』も軽いものが多かったのだが、今日に限っては虫の居所が悪いようだ――とは言え、そんな言い訳は通用しない。今のは完全に『セクハラ』である。
「せ、先月からエストロゲンのお薬飲んでるから……それで、お胸が大きくなってきたんだ……」エリスが苦しそうに説明する。これまでソフィーから受けるスキンシップは、くすぐったいくらいで特段嫌ではなかったが、今みたいにゾワッと冷たい感じがしたのは初めてだった。次はもっと強く『やめて!』って伝えないとと彼は思った。
「エストロゲン? あぁそういうこと……許しませんわ!」ソフィーがその一瞬のうちに、驚くべき思考速度で事情を察するが、決して理解は示してはいなかった。「あなたはオトコノコのはずでしょ? そんなのおかしいですわっ!」
「どうしてそんな――こ、これは僕の身体の問題だよ?」エリスが反抗する。この2040年の時代に、こうも真っ向からアイデンティティを否定され、選択の自由を脅かされたのでは、さすがの彼でも強いストレスを感じて当然だった。「おかしいのはソフィーの方だよっ! 今日どうしちゃったの!?」
「べ、別にどうもしないわよ……」ソフィーが歯噛みして口ごもる。彼女が押し殺している感情とはズバリ、『嫉妬』である――もっと言えば、エリスの持つ『完璧なまでの美しさ』への嫉妬だった――。
番外編① ソフィーの闇 – 終わりなき美への渇望
ソフィーは人の何倍も美しいものが大好きな少女だった。『美』そのものを敬愛していた彼女は、絵画や映画、彫刻、音楽などの耽美的な芸術に陶酔していたし、咲き誇る花々や大空に掛かる虹も崇めていた。だが彼女が何よりも愛していたのは、『プリンセスのように美しい自分自身』のことだった。と言うのも彼女は、客観的・統計的に見て世界人口の上位0.0001%に入るほどの美貌――つまり百万人に一人(ワン・オブ・ア・ミリオン)の美貌――を持っているのだ。当然、その辺の学校や地域コミュニティーでは余裕で一番になっているはずである……そう、もしエリスさえいなければ……。
子供のころはただエリスのことが好きだった。自分と釣り合うほどの美しさに加えて、あの純粋で従順な態度は、まさに自分の理想の『召使い』だったからだ。それでも成長するほどに気づかされる自分と彼との差、味合わされる屈辱――彼とのツーショットで周囲の人たちがまず目に留めるのがエリスであり、その視線が彼女に向けられるのはずっと後になってからだ……。あぁ忌々しい……忌々しいエリス――。
それでも悲しき性かな、彼女はそんな憎しみと同じだけ、エリスを強く愛してもいた。抗いたくとも抗えない……とてつもない求心力……だから忌わしいのですわっ! だいたい何なの? こいつの奇跡みたいな容貌は! 確率的にいくつよ!? 0.00000……えぇい分かるもんですかっ!
頭が爆発しそうなソフィーに代わって説明すると、エリスのレアリティは十億人分の一人(ワン・オブ・ア・ビリオン)であり、2040年時点での世界人口が約90億人なので、上位9人に入っている計算である――まぁこの世界(作品)の神の立場から事実を述べさせていただくのであれば、この時点でのエリスは世界ランキング第四位である。上の三人はもはや宇宙人なので、現時点で詳しい言及は控えるが、第一位はスウェーデンの10歳の少女で、第二位がロシア出身で今はリトアニアに移り住んでいる12歳の少女、第三位がカナダの11歳の少女である。
そう、トップ・ランカーのほとんどが高緯度国出身で高緯度国在住の10代前半の白人少女である。容姿の美しさは判定する人の主観に委ねられるが、およそ思春期を迎えたばかりの10~12歳が最も『幼さ』と『色気』のバランスがいいとされる(異論は認める。あくまで一般論である)。ただしこの年齢は肌荒れしやすい時期でもあるので、ランキングは日々刻刻と変化しているのだ(誤解しないでいただきたいのが、この『ランキング』とは実際に行われた実験結果などではなく、神の視点から見た事実上のランキングである)。
だから比較的低緯度のスイス出身&在住で、かつ15歳の男の子であるエリスが第四位に入っているのは、本当に奇跡のような状況である。実際エリスは8歳の時点で一度『世界ランク第一位』になっており、そこから14歳までで十五位まで転落し、そして15歳になりエストロゲンを服用し始めて――また、ちょっぴり恋の味も知って――から一気に四位まで上昇したのだ。彼がここまで健闘できている理由はまず、言うまでもなく遺伝子が優れていることと、それから『無精巣症』という稀有な疾患でホルモンの悪影響を受けていないこと(彼は生まれた本来の姿をしていると言える)、そして彼の育んできた後天的生活様式が素晴らしいからである。
ここから大人になるにつれて、エリスのランキングは緩やかに下降していくことになるが、それでも同年代において相対的にトップクラスであることは変わりないし、心の美しさまで考慮に入れるなら圧倒的に……いや、それはこれを読んでくれている人なら言わずもがな理解してくれていることだろう。さて、そろそろ話をソフィーの胸中に戻そう――。
つまるところソフィーは、そんな尋常ならざる比較対象が常に隣にいたことで、本来得られていたはずの名声(そして人々からの羨望の眼差し)の大部分を取りこぼす結果となり、ゆっくり確実に自尊心が削られていたのである。本当に自分をプリンセス扱いしてくれるのは父親だけだったし、薄々自分が『真のプリンセスではないのかもしれない』という気づきとともに、どこか諦めや絶望にも似た感情も芽生え始めていた。
そうですわ……どうせワタクシは『ありふれた一輪の花』ですの……ありふれた、野に咲く花……すぐに心も身体も醜く枯れていくのですわ……こんな完全無敵な『プリザーブド・フラワー』になんて最初から勝てるわけ――。そのとき彼女の心にどす黒い感情が流れ込んだ。嫌っ! ワタクシは負けを認めませんわっ! エリス! たとえあなたがプリザーブド・フラワーであろうとなかろうと、花であるならば簡単に壊れるのですわ! ワタクシがあなたを壊す! ぐちゃぐちゃに壊すぅぅぅぅ! そして思い知らせてあげますわ、この世界に『永遠の美しさ』などありはしないとっ!
「ぐちゃぐちゃに……」
「うっ……ぐっ……そ、そふぃ……」
気づくとソフィーの右手は、エリスのシャツの内側に潜ったまま、彼の首を絞めてつけていた。いけない、このままではエリスが死んでしまう! そう分かっているはずなのに、右手の力がどうやっても抜けなかった。このまま彼を殺してしまえば、いっそ楽になれるのかもしれない……そんなある意味で『自傷的』な考えが頭にこびりついて離れない――。そのとき、一つの呼び声が聞こえて彼女は我に返った。
「おーい、ソフィー! 私のプリンセス~、パパが迎えに来たよ~」声の主はソフィーの父親だった。彼は黒塗りの高級車を学校の駐車場に停めてから娘のスマホに到着の知らせを入れたのだが、一向に返信がなかったので敷地内まで呼びにきたのである。とっさに彼女がエリスを解放すると、すぐさま「ケホッ、ケホッ」と激しく咳し出す彼。本当に意識が落ちる寸前だった。かなり危なかった……。
ソフィーが鞄を持ち上げてその場を立ち去る。内心エリスを殺さずに済んで安堵していた彼女だったが、プライドが邪魔してそんな素振りを見せられなかった。最後、振り返って別れを告げようとした彼女は、さらに狂気じみた言動をしてしまう。「さきほどのバンド加入の話ですけど、ワタクシが提示する条件とは他でもない――バンド活動中ずっと、あなたがワタクシの『奴隷』になることですわ。ワタクシの命令には絶対服従すること! よければ明日また返事に来なさいな」
エリスはまだ咳き込んでいて、それどころではなかったが、彼女から言われた心無い言葉をちゃんと聞きとっていたし、なぜ親友がそんなことを言ったのかも分からず、ただただ悲しくて悲しくて、目から涙がボロボロと溢れてきた。
歩き去る日傘の下で、ソフィーが不気味にほくそ笑む。フフッ、エリス……この契約を結んだが最後、ワタクシがこの手であなたを壊してあ・げ・る♡
エリスの高校生活③ メンバー集め……エミリー編
その日あれから、呆然と自転車置き場へ歩いていたエリスの背後に、誰か接近してくる影がある。「よーっすエリスゥ~♪ 今帰りぃ?」影の正体は空手少女のエミリーだった。彼女に後ろ髪をクシャクシャにされたエリスは、「うん、そうだよ……」と力ない返事をすることしかできない。頑張って元気に振舞おうとしたが、どうしても無理だった。そんな彼の様子を心配するエミリー。「どうしたの、顔色悪いよ? お腹痛い? それとも……何かあった?」
「ううん、何でもな――」
「――ないわけないっしょ!?」エミリーが詰め寄る。面倒見のいい彼女からすれば、今のエリスが一大事を抱えているのは明白だった。「言ってみ? 誰かに何かされたのか?」
エリスはほんの数秒、彼女に事情を打ち明けて助けを求めたいという欲に駆られたが、それでエミリーがソフィーと対立でもしたらそれこそ嫌だなと思い、考えを改める。もうカイトとテムバのときみたいな、友達同士の喧嘩なんか見たくなかったのだ。「心配してくれてありがとう。ちょっとお腹痛いんだ……でもエミリーと話してたら治ってきたよ!」
もっともらしい嘘でお茶を濁す彼に、エミリーは怪訝そうな目を向けてから、やがて気を遣うように「何それっ、アタシは歩く胃腸薬かい!?」っとツッコミを入れ、事態を笑って受け流す。あっちゃー、こりゃ相当大ごとだね……エリスがわざわざこんな嘘つくなんて――。「けど真面目に、何か困っているならいつでもアタシに言いなよ?」そう言ったエミリーもまさか、次にエリスからそんな相談を受けるとは思ってもいなかった。
「エミリー……楽器弾ける?」
「はっ?」呆気にとられるエミリー。
「うん。僕、キアラとバンドを始めたんだ。それで今メンバーを集めているところなの……エミリーもどうかな?」おいおい! そんな暗い顔して誘われたって誰も乗ってくれるわけないだろエリスゥ―! そんなセールストークじゃあ超お買い得の『空気清浄機』でも誰も買ってくれんぞ!? 頼むからそんな営業職を一年持たずして首になるリーマンみたいな顔してアタシを見ないでくれぇぇぇぇぇ!
「ば、バンドかぁ~。アタシ楽器なんか弾けないし、空手も忙しいからなぁ~」エミリーが困ったように頭を掻く。エリスは「そうだよね……」と言って明らかに沈んだ様子だった。くっそ~まいったな~、アタシこの子の笑顔が見たいって思っちゃってる――。「エリスはさ、本当にアタシとバンドやりたい? アタシが仲間になったら嬉しい?」エミリーは思っていた、『もし彼がアタシ自身を必要としてくれているのであれば、助けてあげよう』と……。
「も、もちろんだよっ!」エリスが必死に訴えかける。「僕、大好きな君たちとバンドできたら、どんなに素敵だろうって――」彼の目から青春の汗が吹き零れる。「でもみんな事情があるのも分かってるし、僕のワガママで迷惑もかけたくなくって、辛くって……」あぁもう! アタシャ泣かせたかったわけじゃないってのに! こりゃ前に誘った奴に相当どぎつい断られ方したな? ったくしょーがないな――。
「分かった! 分かったから泣かないでおくれよ!」エミリーが彼を宥める。「バンド活動と空手の二刀流、結構じゃないの! やってやれないことはないっ!」彼女が空手の象徴的な動作――両腕で十字を切って中段構えへと移る動作――を行って続ける。「押忍っ! アタシも音楽やるよ~! それでい~い?」
「ほ、本当?」エリスが涙を拭いながら5歳児のようにしゃくり上げている。その姿があまりにも愛らしすぎて、エミリーのハートが『キューンッ』と締め付けられた。あれっ? 笑顔みたいって思ってたけど、これはこれで……何てわけにはいかないな! やっぱエリスは笑顔じゃないと――。
「おぅよ! 空手ガールに二言はなぁ~い!」エミリーが緩い『正拳中段突き』をエリスのみぞおちにコンッと打ち込む。「別にエリスを喜ばせたいってだけじゃないよ? 去年『シング・ストリート』って映画を観たときからさ、アタシも結構『バンドしてみたい、楽器弾いてみたい』って願望は心の片隅にあったんだ! だからぜひ混ぜてよっ! 一緒にシング・ストリートばりのイカしたスクール・ライブやっちゃおう!」
「シング……ストリート?」その作品に心当たりがない様子のエリス。アニメ映画の『シング』なら知ってたのだが……。
「おっ、未視聴かい? ならオススメするよ! きっと元気になるから」とエミリー。彼女はもう彼の笑顔を待ちきれないようだ。「それはそうとして、アタシもバンドに入るんだよ? 嬉しくないの?」
「う、嬉しい! すっごく嬉しい!」エリスが最後の涙を拭って、泣き腫らした目を細めて作った、クシャクシャな笑顔を彼女にお返しする。「へへっ、ありがとうエミリー!」あぁこれよこれっ! 最高のプレゼントすぐる~! ぐへへっ、泣き笑いってのがレア度高いんよね~!
「じゃあアタシこれから空手の稽古だから、もう行くね?」ルンルン気分で先に駐輪場へ向かうエミリー。「バンドの件は明日詳しく聞かせて~」
「うんっ! バイバ~イ!」やったぁ! 夢じゃないよね? エミリーが加わってくれたんだ! 嬉しいな……みんなで素敵な音楽を奏でられるといいな――。
*
エミリーと別れて家に帰ってきたエリスは、早速テレビでNetflixを起動し、『Sing Street』と検索してみた。すると偶然にも本作がアップされていたので、再生してソファーに腰かける彼は、お気に入りのぬいぐるみを抱き寄せては、一緒に観賞し始める……。
本作はアイルランドのダブリンを舞台としていて、ストーリーはこうだった。父親が失業した影響で私立校から無料の公立高校(実在するカトリック修道会が運営する学校)へ転入させられた主人公の男の子が、ひと目惚れした女の子の気を引くためにバンドを結成し、厳しい校則を掲げる教師の圧制や、いじめっ子からの卑劣な妨害に抗っていくのだ。バンド名は学校名『Synge Street』にあやかって『Sing Street』と決まる。
最初こそコピーバンドだった彼らであるが、主人公が兄から「オリジナルで勝負しろ」と諭されたことで本当のスタートを切る。バンド活動が軌道に乗り始めたところで、家の中での練習シーンになり、オリジナル楽曲『Up』が流れ出す。それはヒロインにひと目惚れした主人公の心境を歌った曲だった。Bメロからサビに掛けての歌詞が、エリスの心に染み渡る。
I think I'm back in the dream(夢の中に戻った気がする)
I think I'm back on the ceiling(天井に吸い込まれるような気がする)
It's such a beautiful feeling(何て美しい感覚なんだろう)
Going up(上昇していく)
She lights me up(彼女が僕を輝かせる)
She breaks me up(彼女が僕を壊していく)
She lifts me up(彼女が僕を引き上げていく)
ありがとう、エミリー。これで明日きちんとソフィーと向き合えそうだよ。それにキアラもありがとう……君の運転する夢にヒッチハイクしたみたいに、もう君の夢は僕の夢にもなったんだ。僕たち、きっと最高のバンドにしようね――。
さて、次章から本格始動する『ヴァルキュリア・セレナード編』! はたしてエリスはソフィーの闇を振り払い、感動の学園祭を迎えられるのだろうか!?
第十五章 – 青春時代② 高校生活 Ep.3
エリスの高校生活④ 君には負けない!
「ごめん、ソフィー。昨日の件なんだけど……やっぱり僕、君の『奴隷』にはなれないよ」
次の日の午前、1限目の『物理』が終わった後すぐにエリスは、ロッカーで次の授業の準備をしているソフィーとコンタクトをとった。彼女は一度ピタッと動作を止めてから、エリスには見向きもせずに「そう……好きにしなさいな……」と応える。目的の教科書を取り出した彼女は、そのままロッカーを締めてダイヤルの鍵を回し、すぐさま立ち去ろうとする。「ではワタクシはこれで――」
「でも君とバンドすることは諦めないよ、ソフィー!」エリスの強気な姿勢が彼女の足を止める。「命令に絶対服従ってわけにはいかないけど、代わりに君のお願いをできるだけ叶えるよ! だから……一緒にバンドしよ?」
「願いを……叶えるですって……」ソフィーが彼にギロリと睨みを利かせ、堪らずにズンズンと迫っていく。あぁクッソ! こいつの顔を見てしまった……今日も美しすぎてムカつきますわ――。「ワタクシの願いは言ったはずですわ! あなたがワタクシに身も心も差し出して、屈服する姿が見たいのですわ!」あぁぁぁ汚したい、壊したいぃぃぃ! こいつの全てを奪いたいぃぃぃぃ! 接近した二人の足元に、ソフィーのノートブックや筆箱が散らばった。
「どうしてそんなことを言うの?」彼女に両手で首を掴まれたエリスは、悲しみを押し殺しながら決然とした態度で反抗する。「そんなの……友達のすることじゃないよ……本当にソフィーは『そんなこと』がしたいの?」
「あなたには分からないでしょう! 『下民』の気持ちなんて!」憎しみに歪む彼女の目が潤む。「あなたは毛ほども気づいていないでしょうけど、あなたの美しさは『暴力』よ! その鈍感さも純粋さも優しさも、全部ぜんぶ暴力なのよっ! そんなあなたの隣で『プリンセス』を自称してる自分が馬鹿に思えてくるほどにっ!」騒ぎを聞きつけた生徒たちが集まってくるも、もはや彼女の暴走する激情は制御不能だった。
「毎日まいにち悔しいのですわ、屈辱なのですわ……できることならワタクシだって、あなたのようになりたい……なれたらどんなに嬉しいか、素晴らしいか――でもそんな本当の願いなど決して叶わないのですわっ! 無能な神がこの世界をそう創ったのですからっ!」これまで心の奥底に封じ込めていた言葉が次々と、涙とともに外に飛び出していく。それに伴って力み始める両手……。「だからお願いよ、エリス……ワタクシの物になって……でないとワタクシ、あなたを殺してしまいそうなのよ……」両親指が頸動脈を圧迫し、短い爪が皮膚に食い込みかけたそのとき、二つの声が同時に同じセリフを言い放つ――。
「やめろっ!」
一方の廊下の端から聞こえた声はニコラのもので、もう一方の端から聞こえた声はダニエルのものだった。ダニエルは2年前にエリスと遊んで以降、筋トレとダイエットに励んでおり、今では見違えるほどの逞しい身体をしている。彼はエリスから言われた『素敵な男の子』って言葉がすごく嬉しくて、実際にそうなろうと決心したのである。
ニコラとダニエルは廊下の向こう側にいる互いに気づいて、一瞬ムッとしてから(当然彼らはライバル意識を持っている)、すぐにエリスを救出するために廊下中央に駆けつけてくる。さすがに二人の男子相手にパワープレイには走れないソフィーは、エリスをロッカーに突き飛ばしてから、足元の荷物を拾い集める。
「いいわね、『ナイト』が二人もいて……」
歩き去る彼女の後ろ姿を見ながらエリスは、自分がこんなにまでソフィーの心を傷つけていたことに、言い知れぬ罪の意識を覚えた。そしてニコラとソフィーが擦れ違う――。
「お前ついに本性現したな」とニコラ。
「お黙りなさい、愚民の分際でっ」とソフィー。二人の目が一瞬合って、激しい火花が散る。
「大丈夫、エリス?」ダニエルが、ロッカーに身を預け立ち竦むエリスを支え、彼の首元や後頭部に怪我がないかと確認する。幸い目下、血は出ていないようだった。「何をされたの?」
「大方予想はつくけどな」ニコラが加わる。「昔からあいつ、エリーのことを使用人とか家来みたいに扱ってたし……今回その欲望が爆発したんだろうさ。魔女だぜ、あいつ……醜悪な魔女――」
「ソフィーをそんなふうに言わないで!」エリスが反発する。傍から見ればそんな印象だったかもしれないけれど、これまでは上手くやっていたし、二人の間には確かに友情があったのだ。だから親友である彼女を悪く言われるのは嫌だったし、同時に無意識にでも彼女を傷つけていた自分が許せないのである。「ごめん二人とも……来てくれてありがとう……でも――」
ちょうど「ポーン♪」という電子音が鳴って、校内スピーカーが次の授業の開始時刻を知らせた(スイスの学校では予鈴を採用していないことが多い)。それまで見物していた生徒たちが足早にそれぞれの教室へ向かっていくなか、エリスもすぐに自分のロッカーへと歩き出す。「二人ともお願い、これは僕とソフィーの問題だから、これからは彼女のことで僕を助けたりしないで」そう言われた二人は到底納得できていない様子だ。今のソフィーは危なすぎる! もはや学校側に通報するべきではないか? と思わずにはいられなかった。
ロッカーに着いてダイヤルを回し始めるエリスは、激しい動悸に襲われながらも、次の休み時間にもソフィーに立ち向かうぞと決意する。もはやバンド勧誘など関係なく、彼女との関係を修復しない限り、一歩も前に進めない気がするからだ。ソフィー、いっぱい傷つけちゃってごめんね。君がどんなに僕を嫌いになっても、僕は逃げないから、君には負けないから――。
彼の苦痛を伴う戦いはまだ続く。
エリスの高校生活⑤ この手を取って!
次の休み時間、エリスはソフィーとともに校長室へ呼び出されていた。先ほどのやり取りを重く見た生徒の誰かが、先生にチクってしまっていたのだ。二人は校長から喧嘩の理由などを聞かれたが、とても簡単に説明できるような事態ではなかったので、エリスは「お騒がせして、すみませんでした。ちょっとした行き違いがあったんです」と、謝罪の気持ちだけを伝えた。
ソフィーも「えぇ、右に同じですわ」と頑なに発言を拒否していたので、困った校長は「次何かあれば注意だけでは済まされませんよ?」と釘を刺すのみに留めて、今回は二人を解放する他なかった。「失礼します(ごめんあそばせ)」と二人が退室した後、さっさと次の授業へ向かおうとするソフィーの右手を掴んで、エリスがこう囁く。
「次のお昼休み、12:45に音楽室に来て」
ちなみにニヨン・モーザー学校では各教室の扉に電子ロックが装備されているのだが、与えられた生徒証(IDカード)を持っていれば自由に入退室可能だった。もっとも音楽室や美術室などの貴重品を有する特別教室はやや管理が厳しく、別途IDカードを持っていなければ入れないのだが、エリスとソフィーは『音楽』の選択授業を取っていたのでその限りではなかった。
よってエリスは二人きりで話ができる可能性が高い音楽室を、決着の舞台に選んだのである。ソフィーの「気が向いたらね」という返事を聞いてから、彼はそっと彼女の手を放した。
*
「ピピッ」音楽室の電子ロックにカードキーを翳したエリスは、そのまま堅牢なドアを開いて静かな室内へと足を踏み入れる。その静けさは吉兆であり、彼はその答え合わせをするように、室内にくまなく目を走らせる――幸い今日は誰もここを使っていないようだった。
時刻は12:45ピッタリ。午後の授業まではまだ45分ある(スイスの学校は昼休みが日本よりも長い場合が多く、モーザー学校では12時から13時半までが休憩時間だった)。エリスはほの暗い音楽室の中、グランドピアノの椅子に腰かけて、ほのかに香るワックスと金属の匂いを嗅ぎながら、じっとソフィーの訪れを待った。
何て言おうかな? また首を絞められたらどうしよう? いやそもそも、ここに来てもくれないんじゃ? いろんな不安が頭をよぎるなか、5分、10分と時は流れ……13:05になってようやく、ドアが電子音を鳴らして彼女の到着を知らせた。
「来ましたわよ」不服そうな表情で姿を現すソフィー。あの様子では彼女なりに相当葛藤してここまで来てくれたのだろう。「それで、ワタクシは何を言われるんですの?」冷淡な態度を装ってはいたが、その実ソフィーはビクビク怯えていた。彼女はエリスからどんな反撃が来ても甘んじて受け入れる覚悟だったのだ。エリスがピアノ椅子から立ち上がる――。
さぁ言ってみなさいよ! ワタクシの醜い内面を知って、さぞ失望したでしょ? 愛想が尽きたでしょ? ならその気持ちを全部吐き出しなさいな! ワタクシ同様に壊れたように本性剥き出しにして、汚い言葉でワタクシを罵りなさいよっ――。そんな彼女の期待までも裏切られてしまうのだ。
「ごめん」
まさかそんな言葉が返ってこようとは、彼女は予想だにしていなかった。ご、ごめんですって……? どうしてそんな……ワタクシがあなたの存在を『暴力』だと責め立てたから……? そんな勝手な言い分をしたワタクシに対して、あなたは謝るんですの……?
「ごめんソフィー。僕、自分のせいで君がそんなにも苦しんでいたなんて、夢にも思ってなかったよ……君が言った通り、僕って『鈍感』だね」そう言って申し訳なさそうに笑うエリスは、一世一代の告白をするかのごとく顔を赤く染めて、続ける。「だって君みたいな『綺麗な女の子』が、まさか自分の外見のことで悩んでるなんて、思ってもみなかったんだ……今だって信じられないよ」これにはソフィーの顔からも火が出る。はっ? このワタクシが綺麗? そんなこと言うなんて……卑怯ですわ――。
「あなたが異常すぎるのですわ……あなたさえいなければ、ワタクシだって愚直にずっと『自分を綺麗だ』って思っていられたのよ……」声を震わせながら、言葉を絞り出すように告げるソフィー。悔しさと遣る瀬無さと恥ずかしさが入り混じって、穴があったら入りたい気分だった。
「そ、そのことなんだけどさ……」エリスも同じ気持ちに苛まれているようだ。声の調子がソフィーすら聞いたことないほど上擦っているのだ。その理由はすぐに分かった。「僕ってそんなに、か、か、可愛いかな……?」彼は新しい領域へ関係性を進展させたいようだった。もっともっと深いところまで自己開示し合って、互いを認め合えるそんな関係を目指して……。彼の緊張が伝わってきてソフィーの胸は、堪らないほどドキドキと締め付けられた。
「か、可愛いですわ……」溶けていく。ソフィーの冷たく凍てついていた心が……。「少なくともワタクシの知る限りでは……世界一可愛いですわっ!」もう言い訳できませんわ……ワタクシは負けを認めたんですの……どんなに憎んでも恨んでも、それ以上にこの子を愛してしまっているのですわ――。
「じ、実は僕もね……自分で自分のこと、か、か、可愛いかなって……ちょっぴり思っちゃってるんだ」エリスはこれまで誰にも打ち明けたことがなかった胸の内を、ここで初めて吐露していた。うわぁぁぁぁぁぁ恥ずかしすぎるよぉぉぉぉぉぉソフィーお願い首絞めてぇぇぇぇぇ!「いろんな人と出会って、いろんな経験をして……みんながそう言うからさ……最近やっと気づき始めたって言うか……」
実際彼は、2年前ダニエルに『ミズホみたいに可愛いよ!』って言われた辺りから、少しずつ自意識を持つようになっていったのだ。そして先のサマー・スクールである。あれだけテムバやカイトからのアプローチを受ければ、さすがに鈍感なエリスと言えど、自分の存在価値に気づいて然るべきである。もっとも、それで彼の今後の行動がどうこう左右されることはない。彼はいつだって優しくて、真に他人を思いやれる『心まで可愛い男の娘』だからだ。ソフィーだってそんなことは分かっていた――。
「ワタクシは羨ましかったんですの! けれどどんなに望んでも、ワタクシはあなたにはなれない……だからせめて自分の物にして、あなたを独り占めしたかったんですのっ!」ソフィーが彼に泣いて縋りつく。懺悔の気持ちが溢れてくる。「奴隷だなんて言ってごめんなさいぃ……たくさん酷いことをしてごめんなさいエリスゥ……」そして彼女の方こそ、一世一代の告白をすることとなる。「ワタクシ、あなたを愛していますわ! 世界中の誰より愛していますわっ! だからどうか、ワタクシと『結婚』してくださいましぃ……」
「ありがとうソフィー。君のその気持ち、すっごく嬉しいよ」エリスが彼女を抱きとめる。「だけどごめん。僕まだ子供だから、結婚のことは考えられないんだ。今は目の前の目標に向かって進みたいなって、頑張りたいなって……そういう一つ一つの大切な日常の先に、初めて結婚っていう目標が見えてくるのかなって――」彼女に向かって右手を差し出すエリス。「だからもう少しだけ、僕と一緒に学校生活を楽しまない? よかったら……この手を取って」それは二人の再スタートを約束するための、仲直りの握手だった。
ソフィーにとって、これはある意味で失恋だった。なのに切なさよりもずっと、嬉しいのはどうしたことか? そんな彼女がどうすれば、この手を取らずにいられようか? 彼女は左手で口を押さえて号泣しながら、右手で彼の手をしかと取った。
「はいっ、ですわ」
「へへっ、これで僕たち仲直りだね?」
二人が結んだ平和協定。これで彼らは元の仲良しに戻った。だけどただ前と同じ友達に戻ったのではない。もう一歩先へ進んだ、親友の先の親友になったのである。それはソフィー自身が一番分かっていた――。
「あの……エリス?」泣き顔を隠すように顔を背けたソフィーが、照れたようにどもりながら告げる。「例のバンドの件ですけど……よかったらワタクシも、その……お、お仲間に入れてくださいな」それは彼女なりの贖罪でもあったが、彼とバンド活動をしたいという気持ちに嘘はなかった。その言葉を受けて、エリスの顔が可憐な花のごとくパッと咲く。
「もちろんだよっ! ワーイッ! ソフィーが入ってくれた―! これでバンドメンバーは正式に4人になったんだぁー!」
気が動転していたエリスは、心の声が全部口から漏れ出てしまっていたが、気にしていられなかった。胸のつかえが同時に二つも下りたのだから!
「じゃあじゃあ、放課後キアラのところに一緒に行こうね!」
雨降って地固まる! 凄腕ピアニストのソフィーがバンドに参戦し、ヴァルキュリア・セレナードはより『戦乙女感』を強めた! きっとキアラも満足してぇ~くれるのだろうか?
エリスの高校生活⑤ 集結!ヴァルキュリア!
「で、お嬢が見つけてきたメンバーってのが、この二人だと?」
その日の放課後、空き教室の一つにキアラ、ソフィー、エミリーを呼び寄せたエリスは、早速キアラに彼女らの加入を伝えた。『おぉそうか! 最高だぜお嬢!』みたいな反応を期待していたエリスだったが、キアラの反応はイマイチ振るわなかった。それもそのはず、一人は高飛車で有名なソフィーで、彼女はクラシックに準ずるもの以外音楽とさえ認めていない印象だったし、もう一人のエミリーに関しては楽器に触ったことすらない完全なる素人だったからだ。
「押忍っ! 何でもするよー!」そんなバンドマスターの懸念など意に介していない元気っ娘エミリー。
「何か文句あるんですの?」つれない態度でチームの和を乱すソフィー。キアラは溜息を禁じ得なかった。
「ソフィーがキーボードなのは、まぁいいとして……エミリーはどうすんだい? あと残ってるのはベースとドラムだけんども?」
「だったらアタシは断然ドラムだな!」エミリーが騎馬立ちになって、空手技『正拳下突き』を決める。「パワーもあるし、打ち込むのは大得意だよ! それに――」彼女は下突きを左右交互に繰り出す。「空手の型で鍛えてるから、リズム感も悪くないと思うな!」
「ふ~む、そうだねぇ~」彼女の身体つきや表情を見定めながら、しばらく唸っていたキアラだったが、やがて根負けしたように折れる。「オーケイ。なら決まりってことで! お二人さんよろしく~」早くバンドを本格始動させたかった手前、やる気を出して来てくれている人を突き返すほど、選り好みしている余裕はないと悟ったのだ。「ならあとはベースだな~、どうしたもんか~?」
「あ、あの、ベース! 僕やってみたい……かも?」エリスが控えめに挙手する。新しい仲間を迎えたいという気持ちよりも、このメンバーの楽器演奏に自分も混ざりたいという欲が上回ったのだ。「エミリーと一緒で完全ビギナーだし、歌いながら弾けるかも分かんないけど……」
「そ……」キアラが一瞬だけ躊躇する。ベースは一見地味に思われているが、音楽の要となる重要なパートだったからだ。う~んベースは重くて弦も太いからな~、お嬢の華奢な身体で扱いきれるのかぁ? いやまぁとりあえず、やらせてみっか――。「そうだな! いや~助かるわ~お嬢~! やってみんしゃい! みんしゃいっ!」ここに来て、一番言葉遣いが安定しないキアラ。メタラーらしからぬ異様な雰囲気を醸し出す。
「で、肝心の楽器はどんすんべ?」彼女は、若者の全てを包み込む田舎の優しいおばあちゃんキャラから、畑仕事に勤しむ田舎の好青年キャラにジョブチェンジした。「あんたら親に買ってもらえたりする?」
「あ~そっか~、ウチはちょっとダメかも……ドラムなんて置くスペースなさそう」と言うエミリー。対してキアラが「あー、スペースは気にしなくてもОK。アタイの家を練習の拠点にするから! ウチは去年姉が自立して家出てったから、丸まるひと部屋空いてんだ!」と返答すると、「そっかそっか! で、ドラムっていくらくらいするの?」と疑問を呈する。今度は言いにくそうに呟くキアラ。
「まぁメタル用のやつとなると……中古でも最低600フラン(当時のレートで約10万円)、イイやつだと1800フラン(約30万円)以上、かな……他の付属品類も合わせるともっとかも……」私立校に通っている裕福な家庭育ちのエリスたちにしてみても、簡単に親に強請れる値段ではなかった。案の定、「どっひゃ~高いねぇ~」と仰天するエミリー。がしかし、ドラムに関してはツテがあったエリス。颯爽と発言する。
「えぇっと、ドラムなら何とかなるかも? 実はニコのお兄さんが昔ドラムやってたみたいで、結構本格的なドラムセットが家にあるんだ。それもお兄さんは結婚して家を出ていて、そのドラムセットは今じゃ倉庫の肥やしになってるって、前にニコが……それを安く譲ってもらうっていうのはどうかな?」
「いいな! もし壊れたりしてないなら、ぜひその手で行こう!」エミリーが悦喜する。「アタシもお小遣いの貯金が250フランくらいあるし、あと250フランくらいなら、親に頼めば何とか捻出できるかも!」
「おっしゃドラムは決まりな!」キアラも嬉しそうだ。「それでソフィーとお嬢はどうだい? キーボードとベース、手に入れられそうかい? いちおう値段的には、キーボードは400~500フラン、ベースは200~300フランの物で事足りて、あとは周辺機器でさらに100~200フランかかるかもだけど?」
「まぁワタクシはお父様に頼めば、大丈夫だと思いますわ」とソフィー。
「僕も家族に相談してみるね? きっと大丈夫だと思う!」とエリス。
「ナイス! ならアタイら、本日を持って正式に、ヴァルキュリア・セレナードの仲間ってことで!」キアラがメロイック・サインを掲げる。「ハジけてこーな、『戦乙女』ども!」
「おぉー!(えっ、何ですの? そのヴァル……まぁいいですわ。お、おぉ~)」三人が彼女の激励に呼応したそのとき、教室のドアが開いて一人の見知らぬ女の子が入ってきた。長い黒髪を三つ編みにしていて、オドオドした目元には眼鏡を掛けていて、地味な灰色のカーディガンを着ている女の子。えぇっと、どちら様でしょうか?
「おっ、来たか――」それまで机に座っていたキアラがそこから跳び下りて続ける。「紹介すっわ! 彼女は今年から本校に転入してきた、韓国系スイス人の『ソユル』だ。アタイが昨日見つけた凄腕ギタリスト。彼女が五人目のヴァルキュリアだから」三人は唖然としている。この子が……凄腕ギタリスト?
「ど、どうも。ファン・ソユル(Hwang Soyul)です。よろしく」
頭を垂れる儚げな印象の少女。はたして彼女の内に秘められたものとは?
と、それはさておき、ここに五人のヴァルキュリアが集結した! さぁ戦乙女たちよ、モーザー学校に、スイスに、世界に、メタル旋風を巻き起こせ!
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