[R18]”男の娘”小説「ELLIS-エリス- 世界最高の生き方」第三十一章~第三十三章【空手もエロスも昇級だ!】

ELLIS-エリス- 世界最高の生き方オリジナル芸術作品

この作品には性的表現が含まれます。18歳未満の方の閲覧を禁じます。

第三十一章 – 青春時代② 高校生活 Ep.19:夜明けを信じる不屈の空手

エリスの空手修行⑤ 覚醒の予兆

 「とりあえず、これで今日は安静にしておけ」
 マルクがエリスの手首に圧迫用のテーピングを施して、冷却用のアイスパックを手渡しながら告げる。エリスの怪我は幸い、それほど深刻なものではないようで、目で確認できるほどの腫れもなかった。安静にしておけば数日足らずで良くなることだろう。しかし指導者のマルクとしては、大切な新入生を初日に怪我させてしまった責任を重く見ていたし、そんな先生を見る生徒の方もまた、己のミスで彼を落胆させてしまったことを憂いていた。
 「先生、すみませんでした……僕……」弱くて――。その先の言葉がどうしても出なかった。自分が周りの人たちよりも非力で、力仕事において『弱い』ことは嫌と言うほど分かっていた。以前サマー・スクールでジムに行ったときから……。こんな弱い僕が、誰かを守るなんて……ホント、笑っちゃうよね……。悔しさが込み上げてきた。
 「おいおい、あんま気にすんな?」マルクがエリスの肩をポンポンと叩く。「何事も慣れないうちには失敗は付きもんだ。今回の事故は俺の『監督不行き届き』ってだけだし、こんなことで自信喪失すんな? まだお前の武道は始まったばかりだぞ?」宥められるエリスは、目に滲んでいた涙を拭って、「はい……」と答えた。
 「それにな、組手や実戦の強さ=腕力ってわけでもねぇぞ?」マルクが慰めを続ける。「空手の試合では、相手に技をクリーンヒットさせれば『技あり』は取れるし、『技あり』二つ取れれば『一本』勝ちだ。なら実戦はどうか? 大丈夫、基本は同じだ。人間にはどうしたって鍛えられない急所があるっつったろ? 眼球、こめかみ、鼻、喉、首の側面(頸動脈)、水月、そして金的……ようはそこに痛烈な一撃を加えれば勝てるのさ。卑怯だと思うか? でも考えてもみろ? お前の大切な人が窮地に陥ってるとき、目の前に対峙している『敵』はルール無用で襲い掛かってくる。そんなときに綺麗事は言ってられんだろ? 『守るための力』があるのなら、『守るために使えばいい』のさ」
 先生の話を聞きながら、エリスはまだ自分のなかに『怖れ』があることを実感していた。『ずっと自分が弱いままで、この先訪れるかもしれない重要な局面において、大切な人を守れず後悔すること』への怖れ、そして『自分が強くなったとして、誰かを守るという名目のもと、誰かを傷つけてしまうかもしれないこと』への怖れである。自分の弱さを嘆いていながらも、心の奥底には『それを言い訳にすれば闘いから逃げられる』という安堵もあって、どこか強くなることへの躊躇いもあったのだ。でも僕は……同じ後悔なら、大切な人を守ってからしたい――。
 「先生……僕はどうすれば強くなれますか?」
 エリスの目の色が変わった。それに気づいたマルクが微笑して答える。
 「お前には男性ホルモンがほとんど流れていないから、真っ当に筋トレしても同年代の男子たちには太刀打ちできんだろう……がしかし、さっき言った通り『勝敗を決するのは腕力じゃねぇ』。お前に可能性があるとすれば、それは『足技そくぎ』だ」足技……つまり蹴り技……。エリスは右手首を氷で冷やしながら、自分の下肢を見下ろして息をのむ。
 「脚はリーチが長く、腕の二、三倍の筋力があるからな……そして何より重要なのが、極真空手のルールでは『足技による顔面攻撃が認められている』ってことだ。この圧倒的アドバンテージがゆえ、実際に足技主体で組手に臨む選手も大勢いるくらいだ」そこで同じくエリスの下肢へと目を落したマルクが、そこに秘められた可能性を吟味するように続ける。
 「お前はかなり脚が長いな? 股下何センチか分かるか?」突然の質問を受けて、エリスはフルフルと首を横に振る。測ろうと思えば簡単に測れる数値とは言え、彼はそんなこと気にしたこともなかったのだ。「ちょっと測ってみてもいいか?」割と衝撃的な質問ではあったが、彼は特に異存なさげにコックリと頷いた。「ならちょっと更衣室で待ってな。定規とメジャーと鉛筆を取ってくる――」
 *
 それから2分後、何やらいくつかの道具を抱えて戻ってきたマルクは、脇目も振らず、先にエリスを待たせている更衣室へと入っていった。それを見た他の生徒たちは、ちょうど終盤に差し掛かっていた約束組手の『約束』を大幅に捻じ曲げては、軽快なフットワークを使って静かに更衣室へと歩み寄っていき、その壁に耳をくっつけて聞き耳を立てていく。一同の心中はこうだった。『まだ稽古途中だって言うのに、二人して更衣室に入っていくなんて……今度はいったい何事だ? 密室でコソコソと行うことと言えば……まさか!』そんな邪推を裏付けるような声が聞こえてくる。
 エリス「あっ……先生っ……お股が……」
 マルク「す、すまん。それしかなくてだな……少し我慢しててくれ」
 エリス「ひゃっ! こ、これ濡れてるんですけど……それに先生の、も……」
 マルク「それもすまん。物が物だけに、サッと洗ってきたんだが、ちょうどペーパータオルが切れてたもんで……」
 エリス「先生っ……僕、もう……」
 マルク「ば、バカッ――ちゃんと握ってろ! お前に動かれちゃ、いつまでもできんだろ――」
 ガチャリ。ここで好奇心からドアを開いたレオは、目の前に飛び込んできた情景があまりにも想像の斜め上だったので、ハッと目を見開いて驚くこととなった。そこには壁を背にして立ち、プルプルと震えながら股間に長い掃除用モップの柄を挟んでいるエリスと、その柄の先端を支えながら、懸命に鉛筆で壁にマーキングしようとしているマルクの姿があった。エリスはレオと目があった途端、カァァァッと顔を赤らめて、俄然熱心に股を閉じては、しっかりとそれを保持していく。
 レオの入室に気づいたマルクが、さらに状況を複雑にするようなことを言う。「おぉレオ、ちょうどいいところに来た――分かってるぞ? 約束組手が終わったんだな? でもちょっと待っててくれ、今手が塞がって――あぁクソッ……よ、よければお前も手を貸してくれ。この棒が動かんよう支えてくれればいいから」
 「は、はい――」訳も分からず指示に従い、その長いナニかの逆側の先端(モップヘッドの方)を片手で持って、揺れないように支持していくレオ。何からナニまで分からないことばかりだった。いったい彼らは何をしているのか? エリスの右手はこれに参戦できないほど損傷しているのか?(彼は頑なに右手を安静にしている) いやそもそも、エリスのペニスはいつの間にこんなに長くなったのか? 分からない……分からない……。
 当のエリスも同じ想像をしてしまっているのか、レオと向き合いながら恥ずかしそうに顔を背けている。『うぅ……これじゃまるで、僕のおチンチンがおっきくなって、それをレオくんに触られてるみたい……って何考えてるんだろ僕。そんなことあるわけ――』彼が先端をチラッと覗き見たちょうどそのとき、レオが妙な手つきでそれ摩っているのが目に入る(このときレオは、表面が濡れているのに気づいて、ただその感触に戸惑っていたのだ)。『ダメダメ! 何も考えちゃダメだ……じゃないと、本当に――』
 「おっ、イイ感じだ。ちょっとそのままジッとしててくれ……」そう言って鉛筆で壁に印を付けようとするマルクを余所に、レオは目の前で立派なモノを『おっき』させてるエリスが面白くなって、つい意地悪したくなってしまった――わざと棒に力を加えてから手を放し、彼の反応を確かめてみる。おっと手が滑っ――。
 グラッ。柄が傾いて上下に揺れる。そのときのエリスの反応を、後にレオはこう証言する。『一瞬ビックリしてから俺の顔を睨んできて、やがてもどかしそうな顔で前屈みになっていきました』レオのイタズラは予想以上に『スウィート・スポット』に命中してしまったようです……。
 「おいおい、ちゃんと支えててくれや」マルクが注意すると、レオは確信犯的な笑みを浮かべて、「すみません、濡れてたので手が滑りました」と白を切ってから、また柄を握り直していく。その様子を恨みがましく見守るエリスは、彼の意地悪を酷いと思いつつも、本当はペニスを勃起させてしまった自分自身を一番恥じていた。
 僕のバカ! バカチン(以前フロスティから言われた言葉)! エロ魔人(以前エミリーが言っていた言葉。実はそれだけ聞こえていた)! どうしてヘンなことばかり考えちゃうの!? エッチなことして、あんなに苦しい思いしたのに、もう忘れちゃったの!? と、とにかく心を静めなきゃ、心を……。そのとき股間に強い刺激が走る――。「んあっ♡」思わずもれてしまう声。
 「うっし、上手くマークできた。ったく先端が丸いから、平行を取るのがひと苦労だったぞ……ん? どうしたお前?」用を足し終え、モップの柄を持ち上げて回収したマルクが、股間を押さえてモジモジしているエリスに気づく。彼は小声で「な、何でもないです……」と答えた後、「と、トイレに行ってきていいですか……?」と言う。
 対してマルクは「おぉいいぞ」とすんなり許可するも、すぐさま「身長も測ってからな? さっ、壁を背に背筋伸ばして立て?」と付け足して、今のエリスには難題となる『直立不動』という行為を要求していく。
 エリスは悩んだが、仕方なく堪忍して、壁に背を付けて背筋をピンッと伸ばしていく。以前にも説明した通り、ドロワーズ+道着の状態で彼のマイクロペニスの形状が外から確認できることはない。しかし紛れもなく自分にはその状態が分かっているので、つい隠してしまいたくなる心理が働くのである。
 「こっちは鉛筆だけで測れるな……よし完了。ご苦労だったなエリス。さっ、トイレ行ってきな?」マルクがそう言うので、エリスはフラフラとレオの横を通り過ぎ、ドアを開けてトイレに向かっていった(もちろんドアの向こうには四人のしのびがいたが、エリスは構わず通り過ぎていった)。続いて更衣室を出てきたレオに向かって、四人が興味津々に「先生たち何してたの?」と聞くと、レオは少し首を捻ってからこう答えた。
 「魔法のモップで、飛行訓練?」
 *
 トイレの個室に入ったエリスは、急いで帯を解いて、続いて道着自体も脱いでから、個室のドア・ハンガーにそれらを掛ける。それからズボンとドロワーズを下ろして、自分のイチモツの状態を確認した彼は、便器に座って溜息を吐いた。彼の眼下には、ピョコンと反り立った『ミニオン』が、今か今かとディスコ・パーティーを待ち望んでいる。先ほどお預けを食らったからか、今度はそう簡単に引き下がりそうもない。
 いっそのこと、また自分がDJを買って出て、ノリノリな音楽でも流しながらいくつかのスクラッチ・テクニック(ターンテーブルに載ったレコード盤を手で回転させ意図的なノイズを生み出す技術)でも披露すれば、このミニオンは満足して眠ってくれるのかもしれない……エリスの左手が『再生スイッチ』へと伸びていく――。
 彼が欲求に屈して、自慰行為に始めようとした寸前――フラッシュバック! 脳裏に前回のトラウマの記憶が蘇る。それは走馬灯のようでもあった。『もうオナニーなんてしないっ!』自己嫌悪による心の痛み……。『僕は悪い子なんだ! もっと罰を与えないと! 痛めつけないといけないんだ! もっと! もっとぉぉぉぉ』自傷行為による身体の痛み……。『ごめっ……ごめんなさぁぁぁぁい……僕が間違ってましたぁぁ……もうしましぇぇぇぇん』全てへの後悔と懺悔の気持ち……。
 エリスの目から涙が零れ落ちる。僕は……学習能力がないのかな……頭ではダメだって分かっていても……身体が言うことを聞いてくれない……ちょっとした刺激で勝手に気持ちよくなっちゃって……頭もそれに支配されていくようで……また周りの人たちを、エッチな妄想に利用してしまいそうになる……こんな僕は嫌だ……強くなりたい、変わりたい……誰か……助けて――。
 バチィィィィィィィッ!! そのとき、一瞬エリスの全身に強い悪寒と鳥肌が走り、周りの空気も凍てついた。黄金色の髪が逆立ち、額のハチマキが解けて膝に落ちる。それを拾って、冷酷な表情を浮かべるエリスは、自らのペニスを見下しては、絶対君主のような声でこう命じる。
 「萎えろ。」
 王の命令は絶対! ペニスは君主の威厳に畏怖し、絶対服従を誓うかのごとく萎縮していく。続けて王が命令する。
 「放尿しろ。」
 プシューッ――ジョボジョボジョボジョボ。ペニスが震えながら、膀胱に蓄えてあったなけなしの水を放流していく。黄色いオシッコを最後の一滴までを搾り取られたペニスは、首根っこを持ち上げられ、顔を紙で拭かれた後、最後の命令を受ける。
 「二度と、『エリス』を煩わせるな。」

エリスの空手修行⑥ 激闘!マルクvsレオ!

 あ、あれっ? いつの間にこんなところに……。気づくとエリスは、トイレを出た先の、稽古場までの通路の途中で立ち尽くしていた。おかしいな……さっきまでトイレにいたはずなのに……そ、そう言えば――。咄嗟に自分の股間に触れるエリスは、ペニスが平常通りお行儀よくしているのを確認して安堵する。よかった……知らないうちに治ってたんだ……でも不思議……さっきまであった尿意も消えてるし、手も少し湿ってる……僕、普通にトイレを済ませて戻ってる最中なんだ……でもどうやってオシッコしたのか、覚えてないな……。
 ま、いっか? 彼の表情がパッと花開く。人って昨日の晩御飯も覚えてなかったりするし、これくらいの物忘れあってもおかしくないよね? きっと、ちょっとボーッとしてただけなんだ――。気苦労から解放された彼は、スキップ交じりに稽古場へ戻っていく。するとすぐさま目の前に、モップの柄を股間に挟んで壁際に立つリナの姿と、測量するマルク、柄を支えるエミリー、周りでそれを見守る野次馬たちの姿が飛び込んでくる。彼の帰還に気づいたエミリーがこう声を掛けてくる。
 「あっ、エリスーお帰り~♪ 聞いたよ? 先生に股下測ってもらってたんだって? それで今、アタシたちも測ってもらってる最中なんだ~♪」ここでリナの計測が終わったようで、エミリーが柄を取り除き、マルクがスマホで計算していく。彼女は隣に付いたエリスに向かって、元気にこう続ける。「エリスは身長162.8cm、股下81.1cm、股下比率約49.8%だって~! 低身長でこの比率はマジヤバいよ! けど、フフフのフ……アタシは何と49.9%! ギリ、アタシの勝ちなんだな~! と言うわけで、今のとこアタシが一位なの」
 「リナの股下比率は~……47.2%だな。残念ながらお前が一番短足だ、リナ」マルクがオブラートに包まず率直な事実を述べると、リナがショックを受けて崩れ落ちる。「ガーン! 私が……ビリ……」しかし彼女は逞しいほどのシンデレラ・ガールだった。「けど、短足好きな王子様もいるかもしれない……それに私には、この『プリチーな声』がある……」と言うのも彼女は、『大谷育江』さんみたいな可愛い声をしているのだ。外観もどことなく、『ピカチュウ』と『チョッパー』と『ガッシュベル』と『こより』ちゃんと『ハナちゃん』と『ステファニー』を足して均等分したような感じだ(嘘つけ!そんな人間いるか!)。
 「まぁ気を落すなリナ。こいつらがたまたま『粒揃い』だっただけだ。お前はまだ成長途中だし、しっかり柔軟体操と足技の打ち込みとをやっていれば、追いつくこともできるかもしれんぞ? あとは日常生活でも、できるだけ血流を良くして、ジャンプしたりして骨に刺激を加えるのも効果的だ。分かったか?」マルクからの的確なアドバイスと気遣いを受けて、リナは触発されたように「押忍っ!」と立ち上がった。
 「そんじゃ稽古続けっぞ! いつものペアんなって自由組手だ――おっ、エリスは今日んとこは俺とレオの組手を見とけ? 基本稽古やった後だとまた見方も変わって勉強になるだろうし、お前が強くなるためのヒントもちょいちょい説明するわ――はい位置につけ~……よーい、始めっ!」
 マルクの号令を受けて、最も実戦に近い練習『自由組手』が始まった。エリスは更衣室側の壁に立ちながら、手前にいるマルクとレオの組手を見学し始める。2週間前にも一度見ていた組み合わせだったが、今の彼には攻撃と受け、そして移動の基本知識がある。完全素人だった前回よりも見て吸収できるものは多いはずだ。さぁ、いったいどんな組手が繰り広げられるのだろうか――。
 「レオ、遠慮はいらねぇ。本気で来い。俺もお前を本気で倒しにいく」マルクが殺気に満ちた目でそう前置くと、レオは一瞬目を見開いた後、すぐに『千載一遇』とでも言うような笑みを浮かべて、「押忍!」っと組手の構えになる。空手歴3年のレオと言えども、未だ師範にガチ組手を行ってもらったことはなかった。その願いが今日叶うのである。興奮で血がマグマのように噴き出しそうだった。実力至上主義万歳! 勝つ! 俺は勝つ!!
 「どうした? いつでも来ていいぞ? もう『始め』の合図は――」
 突如としてマルクの頭部に放たれる<右上段回し蹴り>。高い柔軟性により低い重心を保ったまま放たれる、鞭のようにしなやかで強烈な一撃だ。レオは遠慮の欠片もなく、本気で勝ちにいく所存のようだ――しかしその蹴りは難なく<左上段受け>でいなされる。すぐさま軸足を払いにいくマルクの左足! だがレオもそれを見越していたようだ。隙を生じぬ二段構え! レオは軸足でジャンプして、回し蹴りの反動を利用して身体を横に向け、空中で<左横蹴り>(足先を横にして前に放つ蹴り)をマルクの腹部めがけて叩き込んでいく。
 それを<右中段外受け>で叩き落とすマルク。かと思えば右足で着地したレオは、そのまま外受けの反動を利用して身体を回転させ、<右後ろ回し肘打ち>で執拗にマルクの腹部を攻める。決まれば大ダメージの接近技<肘打ち>! しかも今回のは回転の威力も加算されている!
 ※ちなみに、本来は相手に背中を見せる系の技はハイリスク・ハイリターンの大技であるが、極真空手では背中への攻撃は『反則』になるので、一部弱点が軽減されている。もっとも、それでも回転系の技は自身の体勢を崩すため、隙が大きい技には変わりない。
 パシーンッ! レオの肘はマルクの<左掌底受け>に受け止められる。すぐさまフットワークを駆使して反転運動を行い、そのまま<左鉤突き>(肘を屈曲させて放つパンチ。いわゆるフック)で相手の脾臓ひぞうを殺しにいくレオ――が、一手遅かった。彼が正面を向いた瞬間、相手の<右裏拳脾臓打ち>が飛んできて、彼の脾臓が先に打ち抜かれる……。
 「あっ……あっくぁっ……」痛みに悶絶し、堪らずダウンするレオ。ワン、ツー、スリー……決まった! 初のガチ組手は師範マルクに軍配が上がる! 見ていたエリスはただただ、その強者同士によるハイレベルな闘いに圧倒されていた。ホント、一瞬の無駄もない闘いだった……。先生もレオくんもすごい……どれだけの努力をしたらこんなふうになれるんだろう――。
 「とまぁ、こんな感じだ」疲労の影もないマルクが、エリスの方を向いて話し始める。「今のは正しく、我らが『旭信きょくしん流』の真髄を体現した良い組手だった。レオが放った攻撃はどれも――」
 「もう一本お願いしますっ!」マルクが何やら説明を挟もうとしていた途中、ダメージから回復したレオが立ち上がって、再戦を要求する。それもそのはず、勝つ気満々で挑んんだ勝負だ、負けて悔しくないわけがない。無性欲者とは言え彼も『男』、一度負けたくらいでおいそれと引き下がれるほど、軟なプライドは持っていない! クソ……やっぱ強ぇ……けど通用はする……考えろ、さっきのはどこがいけなかった――。
 「あぁいいぞ。何度でも相手になってやる。さぁ来い!」
 こうして二試合目が始まった。今度も先手を取ったのはレオ。接近すると同時に大技<右跳び膝蹴り>を炸裂させる! マルクはステップバックしながら<中段十字受け>(両腕を十字に交差させての受け。『押忍』の動作のアレ)でその威力を受け流した後、すぐさま右足による<足掛け>(後ろ足を相手の前足に引っかけて転倒を誘う技)で、レオの着地を狙い打ちしていく。
 レオは空中で<右膝蹴り>(今度のは基本稽古に登場する、相手の膝を蹴る方の膝蹴り)をマルクの左大腿部に放ち、そのまま横にジャンプして足掛けを跳び越える。マルクは右足掛けを<右内回し蹴り>へと切り替え、横に着地するレオの頭部を叩きにいく――すんでのところでレオの<右孤拳上げ受け>(手の甲の付け根を下から上に突き上げる受け)がそれを弾き上げる。
 左前屈立ちで着地したレオは、孤拳で受けた右手をそのまま上段へ、引手だった左手を中段へと放つ諸手突き<山突き>を試みる――内回し蹴りの捻りを利用して正面を向いていたマルクが、左三戦立ちになってそれを<左内受け、右下段払い>で外に弾く。途端に無防備になるレオの正中線。
 マルクの<右前蹴り>が容赦なくレオの腹部を襲う――辛うじてレオは、両腕を回して掌底打ちへと繋げる技<回し受け>で、そのクリーンヒットを阻止する。がしかし! 凄まじい衝撃を相殺するには不充分だった――彼は後ろへ突き飛ばされ、エリスのいる壁際の手前のところでダウンする。すぐに立ち上がりたいが、ダメージのせいで身体の自由が利かない。あっぶな……ガードしてなかったら、ヤバかっ――。
 マルクが手負いの獲物を息の根を止めにいく! 前蹴りで出した右足を起点に、<踏み足>(後ろ足を前の足より前に出るように動かす前進歩法)からの<追い足>(前足を後ろ足が追うようにして動かす前進歩法)で一気に間合いを詰めたマルクは、床に仰向けで倒れるレオに対し、トドメのライト・コンタクト(軽い接触)による右下段突きをお見舞いする(ダウン中の相手にこれを決めると有効打として扱われる)。
 ――勝負が決するかに思われた寸前! レオが決死の抵抗を見せる――倒れながらの<諸足前蹴上げ>で下段突きを退けたレオは、そのまま<首跳ね起き>(アクション映画やブレイクダンスで見るような跳ねて起き上がる技)で立ち上がり、次の攻撃に繋げようとする! が、またしても一手遅かった……レオの左脇腹にマルクの<手刀脾臓打ち>がヒットし、勝負あり。腹を押さえて、苦悶の表情で膝を突くレオ……。
 今度もマルクは、さして息を乱していない。その理由はエリスにも何となく分かった。彼はほとんど持ち場(初期位置)を動いておらず、防御重視で的確なカウンターを狙う戦法だからだ。対してレオは、その守りを崩すために持てる身体能力をフルに使って、捨て身の大技を繰り出す『諸刃の剣』戦法で挑んだのだ。結果はこの通り……片やマルクはノーダメージでスタミナも充分残しているのに対し、片やレオは精魂ともに尽き果てている。
 「悪くない立ち回りだったぞ、レオ」マルクがいささかの乱れもない道着を着直してから、愛弟子へと手を差し伸べる。「どうする? もう一回やるか?」その手を取って立ち上がるレオが、汗を拭いながらこう答える。「はい……お願いします!」
 そうして始まった第三戦目。引き続き絶え間ない技の応酬が続くが、六手目でマルクの<足掛け下段突き>が決まって決着。それでも諦めないレオ。「もう一丁!」と四戦目に挑んでいくも、今度は四手目で<左正拳中段突き>を貰ってしまい呆気なく敗北。「まだまだぁぁぁ!」と続く五戦目に入るが、もう傍から見て、レオに勝ち目がないことは明白だった。彼の動きは徐々に鈍くなっていっているし、注意が散漫になり、引手によるガードが甘くなっているからだ。
 『クソ! もっと……もっと速く動かなくちゃいけないのに……身体が付いてこない……ほらっ、動け! 動けよ俺の身体っ!』焦りから勝負を急ぐレオの心境が、観戦者にも痛々しいほどに伝わってくる。今やこの闘いの行方を、全生徒たちが見守っていた。エリスは前回彼らの組手を見学したときとは一転して、今はレオの方を懸命に応援していた。ただし純粋に勝ちを信じる応援ではなく、庇護者的立場からの同情を含んだ応援だった。
 レオくん……もういいよ……もう勝てないよ……お願いだから、もう負けを認めて……このままじゃ君の身体が――。その思いが通じたのか否か、五手目に放たれたマルク必殺の<右中段回し蹴り>が彼のガードを貫通して決定打となり、試合終了となった。泣きながら床に倒れ、「ま、参りました……」と降参を告げるレオ。完敗だった……。それを見守るエリスの目にもまた、同じ涙が光っている。彼の感じる悔しさが伝心してきたのだ。
 「いい組手だった。俺の知る限り、16歳でここまでの境地に達してんのは、お前くらいだ、レオ――」マルクが両手で愛弟子を立たせてやってから、「さっ、あっちの方で休んでろ」と水筒などが置いてある壁際へと導いていく。「痛いところはないか?」その質問に首を横に振るレオだったが、実際には全身に複数の痣ができるほど、激しいダメージを受けていた。アドレナリンによる興奮で痛みを感じにくくなっていたのだ。
 本来、子供の生徒相手に大人の師範が本気を出し、怪我を負わせるなど言語道断だ。ましてやマルクは元ヨーロッパ・チャンプだったし、まだ身体も出来上がっていない16歳の少年が勝てる道理など、あるわけがない。しかしレオの若く真っすぐな闘志が、マルクの内に眠る武道家としての血に火をつけたことで、ついやりすぎてしまったのだ。や、やっちまった……こりゃ保護者からクレームが来るかもな……今日はどうも調子が狂う日だ――。
 「力加減もせずすまんな。だが裏を返せば、加減してたんじゃ勝てないくらいに、お前が強かったということだ。俺は師としてそれを嬉しく思うし、おかげで久々に胸が熱くなったぞ。だから自分を誇れ。よくやった」健闘を称えながら、弟子を壁に座らせるマルク。
 当のレオにしても、現時点で持てる全てを出し尽くせた今度の組手に、後悔は微塵もなかった。その身に負った怪我にしても、彼が猛者だったからこの程度で済んでいるのである。今週はもう稽古に出れないかもしれないが、回復した暁には、これまでにも増して鍛錬に励もうと決心するレオだった。
 彼は座ったまま弱々しく、「押忍、手解きありがとうございました……」と十字を切った。

エリスの空手修行⑦ 夜明けを信じる不屈の空手

 エリスのところに戻ったマルクが、彼にこんな質問をぶつけて本題に入る。
 「今の俺たちの組手を見て、何か気づいたことはあるか?」
 何となくそれを予想していたエリス、『待ってました』と言わんばかりに答えていく。
 「はい。マルク先生は常に、相手の攻撃を受けてから反撃していました。その理由はきっと、『隙は攻撃したときに生まれる』からだと思います」
 マルク「その通りだ、エリス。それこそが旭信流第一の心得、『空手に先手なし』だ。この言葉は本来、自分からは決して手を出さない――つまり『自分から争い事を起こさない』という、日常の心構え的意味合いが強いんだが、旭信流では戦術的な意味で、これを丸まる文字通りに解釈する。よってまず極めるべきは攻撃ではなく受け、絶対的な防御こそが闘いを支配するのだ」
 エリス「でも先生、お互いが受けからのカウンターを狙っている場合はどうするんですか? それじゃずっと膠着状態になる気がします」
 マルク「しばらくはそうだろうが、『ずっと』ってことはない。試合にしろ実戦にしろ、必ずどちらかが均衡を破る。特に極真空手の試合は、本戦はたった2分しかない。もしどちらも有効打を取れていないならば、決着は『判定』に持ち込まれる。そうなったらより積極的に攻撃を行っていた方が勝つことになる。そういうルール上の事情もあって、こと試合においては一般的に『先手、先手』で攻めていくのが定石とされる。だがそれは『焦り』の裏返しでもある。そしてその焦りが『隙』を生むんだ」
 エリス「焦り……? どういう意味ですか?」
 マルク「『一撃では決められない』という焦りだ。だから手数を稼いで判定を有利に進めつつ、あわよくばラッキー・ショットで『技あり』のアドバンテージを獲得したり、ダメージの蓄積で相手がへばってくるのを待ったりするわけだ。もちろんそれも立派な戦術ではあるが、旭信流はその逆を行く。ここで登場するのが第二の心得、『一撃必殺』だ」
 エリス「一撃、必殺……」
 マルク「さっきお前が見抜いた通り、あえて後手を選ぶ旭信流において、時間制限と判定ルールは大敵だ。だからこの戦術で勝つ方法はただ一つ、『一撃で相手を倒す』それだけだ。有無を言わさぬ『一本勝ち』……。当流派の創始者『真城旭信しんじょうあきのぶ』先生は、どこまでも実戦重視で、かつ分かりやすい勝利を求めて、このような『道場訓』を残したのだ」
 エリス「ですが先生、だとしたらどうして、さっきレオくんは先手を取ったんですか? 先生からのカウンターが来るのは分かっていたはずですよね?」
 マルク「あれはレオなりの旭信流の解釈、言わば『アレンジ』だ。あいつは『一撃必殺』の技を連打していき、相手の防御を無理やり剥がして隙を作っていく、『先手必勝』型のスタイルを独自に編み出して、それを極めようとしている。実際俺も、生徒に後手を強制することはしないし、心得はあくまで心得だと割り切っている。だが個人的には、現役最後の大会で『先手を取って負けてしまった』苦い経験があるもんで、俺はこの心得を今でも信じ貫いている。そのとき身を持って経験したんだ、『焦りは隙を生む』と……」
 エリス「僕にできるでしょうか……絶対的な防御も、一撃で相手を倒すことも……見つかるでしょうか? 僕だけの『アレンジ』が……」
 マルク「それはこれからの鍛錬次第だな。なぁに大丈夫、お前は身体こそ貧弱だが、旭信流において最も大事な素質をしっかりと備えているぞ」
 エリス「本当ですか? それって……」
 マルク「その『決して諦めない姿勢』だ。攻めるにしろ守るにしろ、最後まで勝利を諦めず、闘い抜ける者こそが勝者となるのだ。そう、旭信流の真髄とはすなわち、『夜明けを信じる不屈の心』だ!」
 夜明けを、信じる……心……。自信を失いかけていたエリスの心に、その言葉がひと筋の光明となって差した。そうだ、見つけるんだ! 僕だけの空手、僕だけの旭信流を!
 「押忍!」
 彼の才能の枠を超えた挑戦は、まだまだ始まったばかりだ。

第三十二章 – 青春時代② 高校生活 Ep.20:初昇級審査!

エリスの空手修行⑧ 初昇級審査!

 あれから初稽古は無事に終わり、エリスは次の金曜日、土曜日の稽古にも問題なく参加した。右手首の怪我は金曜日にはすっかり良くなっていて、意気揚々と稽古に励んでいた彼は、空手を通じて新しいことを覚える喜びを実感していた。前回のガチ組手の影響で、金・土には参加しなかったレオだったが、次の週の火曜日から道場に戻ってきて、また熱心に生徒たちをリードしてくれていた。
 それからも平常通り稽古は続き、エリスは初歩的なかたである『太極Ⅰ』『太極Ⅱ』『太極Ⅲ』『足技太極Ⅰ』をマスターすると同時に、補強運動による身体作りや、自分の長所を活かした組手戦術の模索など、師範であるマルクからのアドバイスを基に、着々と強くなるための準備を進めていった。ちなみに、彼が受けたアドバイスとは以下のようなものだ。

[エリスの空手戦略・戦術]

一、全ての受けを体得する
 基本稽古で習う受けはもちろん、その他の<手刀諸手受け><手刀回し受け><背刀受け>(手刀を内から外へ反すように受ける技)、<十字受け><脛受け>(鶴足立ちになり上げた方の脛で受ける技)なども臨機応変に使いこなせるようになり、相手の攻撃を全て捌けるようにすること。特に重い攻撃には<十字受け>で対処する。

二、補強運動は拳立て伏せと腹筋運動
 拳立て伏せ(拳を地面に付けて行う腕立て伏せ)は昇級審査の必須項目なので、深く上体を沈めるやり方で最低10回、できれば20回以上できるようになること。これができれば正しい拳の握り方+上腕三頭筋&胸筋の強化ができ、空手家としての素養が底上げされる。
 続いて鍛えるべきは腹筋である。エリスは普通の男子よりも胸に脂肪があり、ここに肌着やスポブラが合わさればさらに防御力が上がることになるので、最も無防備な急所となるのは腹部である。よって腹筋で内臓へのダメージを最小限に抑えられるようにする必要がある。

三、カルシウムの摂取と突きと受けの鍛錬
 普通の男子より筋肉が付きにくいエリスは、身体全体の強度を骨に頼らざるを得ない。よって簡単には損傷しないほどの硬く厚い骨を作るため、毎日カルシウムとビタミンDを摂取して、組手やサンドバッグへの打ち込みを多くこなすべし。各部位の骨を肘の骨並に強固にできれば、受け技はそれだけで相手へのカウンター攻撃に化けることになる。

四、長い脚を駆使した足技でカウンターの一撃必殺を狙う
 基本の蹴り技の他に、以下のような足技を体得する。
<横蹴り>
<後ろ回し蹴り>(前屈立ちから、下げた方の足から見て身体を後ろ回りに回転させ、そのまま足を鞭のように蹴り払う。前足を一度自分の方向へ内側に向けてから身体を回転させる必要があるので、隙が大きい)
<跳び後ろ回し蹴り>(ジャンプしながらの後ろ回し蹴り)
<踵落とし蹴り>(大きく前蹴上げして、そのまま踵を落して攻撃する技)
<掛け蹴り>(横方向へ行う踵落とし蹴り。伝統空手では『裏回し蹴り』と呼ばれる)
<三日月蹴り>(斜めや横軌道で行う前蹴り。相手の脇腹に中足を突き刺すように放つ)
<胴回し回転蹴り>(身体を回転させながら蹴る技。縦回転と横回転があり、縦回転は柔道の『前回り受け』をして踵落とし蹴り、横回転は身体を地面と平行にしながら跳び後ろ回し蹴りを行い、内回し蹴りの要領で足を当てていく。自ら転倒する技なので『捨て身技』の一つとされる)
<足掛け>(相手の前足を、自分の中足を反した後ろ足の甲で掬い上げて転倒させる技)
<前足払い>(足掛けを自分の前足で払うようにして行う技)
<外掛け>(接近状態から自分の後ろ足の踵を相手の前足の裏ふくらはぎに掛けて、そのまま相手の胸を掌底で押し込んで転倒させる技)
<スピニング・スウィープ・キック>(格ゲーで見るような、しゃがんで相手の足を払うように回転するキック)
<バック・スウィープ・キック>(後ろ回転で行うスピニング・スウィープ・キック)
<キック・カウンター・スウィープ>(相手が前足で下段蹴りしてきたときに、相手の背後に回り込んで軸足を蹴り払う技)

 特に<回し蹴り><三日月蹴り>のコンボは強力で、片方で相手のガードを上段か中段に誘導した後に、もう片方をノーガードの方へ打ち込むことができれば、確実なダメージと有効打を得られる必勝法の一つとなる。

 そうこうしているうちに、あっという間に2ヵ月弱が過ぎ、現在は6月29日土曜日の午前11時半。エリスは待ちに待った初昇級審査を迎えようとしていた。無級の彼に求められた課題は、まず上記に挙げたような『四つの型をノーミスで披露』すること、次に『拳立て伏せ20回』(しっかりと顎を床に付けて行う)、最後は『一人組手(一人の相手と組手をして、勝敗に関わらず力量を見定めるテスト)』だった。
 ※一般的には、これにプラスして『柔軟性』や『空手に関する筆記テスト』などが行われることが多いが、旭信流空手道場では採用していない。主な理由は、道場生が少ないために一人ひとり別々に審査する都合上、マルク師範だけでは人手が回らないからだ(それに柔軟性は普段の稽古で大体分かっているし、空手に関する知識や精神的な教訓は、各々が自主的に勉強したり見つけたりすればいいと考えている)。
 そしてレオたち他の道場生が見守るなか、記念すべきエリスの初審査が始まった。稽古場の真ん中に一人ポツンと立ち尽くす彼は、緊張を味方に付けるべく一つ深呼吸をする。やがて精神を集中させた彼は、カッと目を見開いて型名称を叫ぶ。「太極その1、行きます!」彼の型演武が始まった。
 八の字立ちで<十字切り>からの、左向き左前屈立ちでの<左下段払い>からの、前進しての右前屈立ちでの<右中段追い突き>からの、右に反転しての右前屈立ちでの<右下段払い>、そして前進しての左前屈立ちでの<左中段追い突き>……。エリスは一つ一つの動作を丁寧に、かつ気合を籠めて行っていく。大丈夫、練習通りやればいいんだ……大丈夫――。
 「えいっ!」八拍目の<右中段追い突き>で、気合を声にして放った彼は、残りの動作も危なげなくこなしていく。そして二十拍目の<左中段追い突き>で空を裂いた彼は、そのままマルクの「直れ」の号令を受けて、元の姿勢に戻っていく。この流れに乗って、すぐさま続く型の演武に入るエリス。「太極その2、行きます!」
 *
 そうして無事、四つの型をノーミスでクリアした彼は、一番の難所である『拳立て伏せの審査』に移った。はたしてエリスの筋力は、この2ヵ月弱の鍛錬で向上したのだろうか? その答えが今明かされる――。「イチッ!」マルクのカウントに合わせて、拳を床に突いたまま肘を曲げていくエリス。「ニッ!」その運動姿勢には一点のブレもない。「サンッ!」彼の上腕三頭筋と大胸筋は、目覚ましい発達を遂げたようだ。
 「シッ!」道着の上からでは見て取れないが、鍛錬の成果は確実に見た目にも表れており、彼の上腕は脂肪が減ってシャープになっているし――。「ゴッ!」胸もバストアップしており、いよいよ大台のAカップに乗ったかもしれない(大台?)。「ロクッ!」何より変わったのが、彼の骨の強度と、そこにへばり付く腱の柔軟性である。もうちょっとやそっとでは怪我しない身体になったのだ。
 「シチッ!」そんな彼の成長を、誰よりも喜んでいたのがマルクだった。「ハチッ!」おぉエリスよ……よくぞここまで……。「キュウッ!」最初のころは4回目でプルプルし始めて、5回目には床に突っ伏していたのに……(涙)「ジュウッ!」そう、筋肉トレーニングとは、この世で数少ない『努力が確実に報われる』分野なのだ。負荷を掛け筋繊維を損傷させれば、『超回復』による筋肥大が必ず起こる。医学的、自然の摂理なのだ。
 *
 「ニジュウッ!」何とか既定の回数まで拳立て伏せをこなしたエリスだったが、21回目に挑戦する途中で、堪らず床に崩れ落ちる。ゆっくり顎まで下げて行う腕立てだ、さすがに最後の方はキツかったし、20回はまだまだ限界ギリギリの回数だった。「よく頑張ったな? さぁて、最後の審査だ。もうひと踏ん張りだぞ!」
 こうして最終審査『一人組手』が始まった。エリスの組手相手に選ばれたのは、現時点で級位五級のリナだった。最も熟練度が近いリナとは、普段も組手のペアを組むことが多かったので、これも練習通り立ち回ればクリアできるはずである。
 最初、生身の人間を殴ったり蹴ったりすることに抵抗があったエリスだったが、エミリーや他の仲間たちの手助けもあり、『武道家たるもの、同じ武道家相手に手を抜くのは最大の非礼』であると得心することができた。殴る痛みも殴られる痛みも、彼には大事な学びの機会になったし、今ではすっかり、相手の攻撃をいなしたり、隙を見て足技を叩き込む快感に目覚めつつあった(戦闘狂みたいに言うな!)。
 「エリスさん! いよいよこのときが来ましたね! エリスさんの初審査とは言え、私も易々と負けるつもり、ありませんから!」リナが開始線(組手の初期位置を示す線)上で準備運動しながら、彼にその意気込みを伝える。対するエリスも、「望むところ!」と腕のストレッチを行い、上腕三頭筋の緊張をほぐしていく。そして二人の準備が整ったところで、満を持して組手開始となる。
 「始めっ!」
 しかし合図があっても、両者一歩も動かない。エリスがカウンター戦法を得意としていることを、リナも先刻承知しているからだ。よってエリス、今回はあえて先手を取ることに決め、接近しつつリナの腿に<右下段回し蹴り>を加えていく。そう、これは僕の組手審査だから、僕が積極的に攻撃して、組手をリードするべきなんだ――。
 リナはこの蹴りをサイドステップでかわしてから、瞬時にエリスの懐に入り、手始めの<中段逆突き>(構えたとき後ろになる手で行う正拳突き。リナは右利きなので右正拳突きとなる)を返して、エリスのガードを動かしていく。低身長短足のリナは、徹底したインファイター(接近型ファイター)であり、俊敏なフットワークで相手に詰め寄ったところからの、<正拳下突き>を一撃必殺の武器としていた。
 フフッ、エリスさん……こんなあっさり私を『突きの間合い』に入れちゃっていいんですかぁ~? 何を狙ってるか知りませんが、行っちゃいますよぉ~? リナのコンビネーション技が炸裂する。正中線上を狙った<順突き><逆突き>によるワンツーからの、<左鉤突き><右肘打ち><左下突き><右手刀鎖骨打ち>の連続攻撃で、相手に反撃の暇を与えない。
 対するエリスは、それらの攻撃を両手で的確に受けていくが、そのあまりの手数の多さに堪らず<右膝蹴り>を使って反撃に出てしまう――それを待っていたリナ! 右にかわして騎馬立ちになった彼女は、エリスの空いた左下段に向かって、渾身の力を籠めた<左下突き>を放っていく! これで終わりです、エリスさん――。
 パシンッ! エリスの<左下段払い>が辛くもそれを防ぐ。しかしそのせいで空いてしまう左上段――咄嗟に<右外受け>でガードしにいく彼だったが、リナは騎馬立ちのまま<右裏拳回し打ち>(親指を床に向けて回し打つ裏拳)を繰り出しては、彼の左上腕を横に叩いていく――ペシンッ! 今度はそれがヒットし、エリスの左腕に鋭い痛みが走る。
 や、やられた! 急所でないとは言え、確実なダメージだ……けどこれでいい! リナちゃん、一撃必殺じゃない攻撃は隙を生むよ――。咄嗟にエリスは、リナの空いた右脇に<左貫手>(手刀による突き)を刺し込み、彼女が怯んで右脇を絞めた瞬間を狙って、<左中段横蹴り>をお見舞いしていく。肉を切らせて骨を断つ!
 ズシンッ! リナの<左鉄槌>(拳の底面をハンマーのように振り下ろす技)がそれを弾き落とし、エリスの左脚は彼女の股の間に撃墜される――すぐに切り替えて、相手に背中を向けて<右後ろ蹴り>(背後に放つ横蹴り)に移ろうとする彼だったが、左足に体重を乗せようとした瞬間にリナの<外掛け>を受けてしまい、あえなく転倒したところに残心ざんしんを受けては、『技あり』を取られてしまう。
 ※残心とは心を残すこと――つまり『技を決めた後も心身ともに油断をしないこと』である。極真空手では相手が転倒したり、隙が生じたりしているときに行う、『片手を開いて前に出し、引手を拳にして構える動作』についても残心といい、場合によってはライトコンタクトの突き同様に『技あり』や『一本』と認められることがある。
 早急に立ち上がり、開始線に戻って二戦目に挑むエリスだったが、その後も反撃の糸口が掴めず、苦戦を強いられる。接近されないよう距離を保っていても、足技を出した瞬間に距離を詰められるし、<足掛け>で転倒を狙おうにも、低い重心で安定したリナには効果が薄い……。くっ……やっぱり本気になったリナちゃんは強い……このままじゃ時間切れで『優勢負け』しちゃう……どうすれば――。
 必死に思考を巡らせながら、サンドバッグにならないよう連撃を受け続けるエリスは、リナの攻撃リズムに若干の乱れが出てきたことに気づく。よしっ! リナちゃんも疲れてきてる! なら次に間が空いたときが勝負だ! そう思いながら防御していくも、その次の間とやらが一向に現れない。こ、この子……どれだけ体力あるの……もう20秒はラッシュしてるのに――。それからも我慢の時間が10秒ほど続き、ようやく彼が待ちわびた『一瞬の間』が現れる。
 今だ――。エリスは<左正拳上段突き>をリナの鎖骨に当てて、彼女を後退させたタイミングで、必殺の<右上段回し蹴り>を仕掛ける! ずっと下段・中段を攻撃していたリナの左手は、これを受けられる位置にはない。お願いっ! 決まって――。
 バシッ! エリスの右足が目標に到達するのに先んじて、彼の左脚がリナの<左下段回し蹴り>を受ける。痛みとバランスのブレを感じながらも、エリスはこの千載一遇のチャンスに全てを懸け、構わず右脚を思い切り振り抜く! 行っけー! リナの後頭部を捉えかけた右足だったが、すんでのところで彼女の『ダッキング(上体を前屈させる回避行動)』にかわされてしまう。そのまま振り抜いた右脚の回転力を利用して、<左後ろ回し蹴り>へのコンビネーションを狙った彼だったが、残念ながらそこでタイムアップとなる。
 「そこまでっ!」
 こうしてエリスvsリナのガチ組手は、リナの優勢勝ちで決着となった。肩で呼吸する二人が開始線まで戻り、互いに礼をして「ありがとうございました!」と言ったところで、エリスの一人組手が終了する。経験値の差があるとは言え、やはり三つ年下の女の子に負けるのは、どうしようもなく悔しかった。エリスは何が敗因だったのか考えたが、今の興奮した状態でそれを見出すのは無理な話だった。
 「二人とも良い組手だったな。どっちが勝ってもおかしくない白熱した闘いだった」マルクが両者を褒め称える。「最後のコンタクト、リナの交差法クロスカウンター<内股蹴り>は実に綺麗に決まっていた。だがエリスの方も、それに怯まずよく上段回しを蹴り抜いたな? 紙一重でかわされたとは言え、その根性とワンチャンスに懸ける旭信魂は伝わったぞ?」
 「あ、ありがとうございます……」エリスが呼吸を整えながら十字を切り、不思議そうな顔をしてこう続ける。「あの――ハァ、ハァ――交差法って何ですか……?」内股蹴り? あっ、あの最後に蹴られた謎のキック……? そう言えば、今になって左内腿が痛くなってきたかも……。
 「すまんすまん、お前には教えてなかったな。えっとだな――」マルクが一つ咳払いしてから説明する。「受けからの即攻撃が『カウンター』であるとすると、交差法とは『受けがそのまま攻撃でもある動作』つまり『攻防一体の技』のことを意味する。ボクシングの『クロスカウンター』は、相手の出してきたパンチと同じ側のパンチを放って、相手の攻撃をかわしつつこちらの攻撃を当てる、または相手の攻撃よりも早くこちらの攻撃を当てるテクニックを意味するが、交差法はこれにかなり近い概念だ。分かるか?」エリスがまだキョトンとしているので、マルクが説明を続ける。
 「さっきお前は右脚で回し蹴りを蹴ったわけだが、そのとき一瞬だが左の内股インローがガラ空きになるのは分かるだろう? リナはガードが間に合わないと判断するや否や、そこに同じ側の左脚による回し蹴りを叩き込むことによって、先にダウンを奪うか、お前に蹴りを躊躇させようとしたわけだ。この<内股蹴り>は典型的な交差法の一つだが、お前のように痛みに強い選手には決定打になりにくいもんで、まぁ過信はできんリスキーなテクニックでもあるんだ――要するに、使わされたリナの方も、それだけギリギリだったってことだ」そう言ってマルクがガハガハと笑うと、リナは不本意そうにプクーッと頬を膨らませる。
 「で、でも……僕の方が先に蹴りのモーションに入っていたのに、どうしてリナちゃんは先に攻撃できたんですか?」エリスが最大の疑問を口にする。その魔法の正体が分からない限り、また同じ技の餌食になりそうだからだ。マルクはリナの下半身に目を落してから、言いにくそうにまた咳をしてから答える。
 「あー何だ……いわゆる物理学の『慣性モーメント』ってやつだ。これは『物体の回転運動の始めやすさや止めやすさ』を表す言葉なんだがな? その物質の慣性モーメントは、その物質の質量に回転軸からの距離の二乗を掛けた値に比例するんだ……まぁ簡単に言や、『リナの脚は短くて足も小さいから、質量も小さければ回転軸からの距離も短いもんで、慣性モーメントが小さくなって蹴りの初速も出やすかった』ってこったな?」
 「んもー! 先生ひどーいっ!」リナはご立腹だったが、どことなく冗談っぽくもあって、稽古場は温かい笑いに包まれる。エリスはその魔法が働く理由に納得すると同時に、己の強みを活かして交差法を使いこなしているリナに感心していた。僕はまだまだ知識も経験も足りない……だからリナちゃんに敵わなかったのは必然なんだ……今はちゃんと現状を受け入れて、もっともっと努力しないと――。
 「ま、とにかくエリスの初審査はこれにて終了だ。おめでとう、エリス。お前は今日から級位『九級』だ」いきなり先生にそんなことを言われ、つい耳を疑ってしまうエリス。きゅ、九級? それって飛び級ってこと? そんな……僕、リナちゃんに組手で負けちゃったのに……。しばらく戸惑った彼が、ひと言「ほ、本当ですか……?」と言うと、先生はこんなふうに言ってくれる。
 「本当だとも。今日お前が達成した課題と、この2カ月の頑張りも鑑みて、九級の資格は充分に備えていると評価した。信じられんか? 大丈夫、俺の厳正な審査に抜かりはない」その言葉を聞いて、ようやく飛び級したことを実感したエリスは、喜びで顔を綻ばせながら「押忍! ありがとうございます!」と十字を切った。
 *
 それからリナ、エリオ、ジャンの昇級審査が行われたが、リナは課題の『逆立ち歩行1分間』と『拳立て伏せ40回』をクリアできず昇級ならず、エリオも『三人組手』で充分な力量を示せず昇級ならず、ジャンも型の『撃砕小』と『逆立ち歩行1分半』でミスしてしまい昇級ならずだった。やはり級位が上がるほど課題の難易度も上がっていき、昇級もひと筋縄ではいかないようだ。

 ※ちなみにエミリーは一級なので、以降は極真団体公認の昇段審査を受けることになり、今年は8月下旬(再来月)にローザンヌの『一撃アカデミー(Ichigeki Academy)』で開催される『極真空手サマー・キャンプ』にて、その審査を受ける予定になっている。一撃アカデミーは『国際空手道連盟 極真会館(IKOK)』のスイス支部であり、極真四段の『ジュゼッペ・ビアンカニエッロ(Giuseppe Biancaniello)先生』率いる人気の道場だ。
 極信流空手道場は小規模なので、この道場と提携することで昇段審査や大会の主催に関して協力してもらっているのだ。去年はレオもそのサマー・キャンプを受けており、晴れて合格してIKOK公認の黒帯を取得することができなのである。ただし初段から二段に上がるためには、18歳以上である必要があるため、今年レオに関しては昇段審査なしとなっている。

 そんなわけで、本日の昇級審査は『エリスのみ昇級』という結果に終わった。その後も時間いっぱいまで軽く稽古した一同。いつも通り終礼を行い、さて解散だと言ったところで、エリスが更衣室に戻ろうとすると、マルク先生が彼にこんな言葉を掛ける。「おっ、エリス。着替えたら道着の帯持ってきな? 九級になった証の刺繍入れるから」
 エリスはよく分からないまま「押忍」と答え、更衣室に入っていく。し、刺繍……? あっそうか、あのエミリーたちの帯に付いているカラフルな模様のことだよね? あれってどうやって入れるんだろう? どこかの工場にでも持ち込んで依頼するのかな……? そんなことを考えつつ着替え終えたエリスは、言われた通り帯を持って、先生のいる事務室に向かっていった。
 「失礼します。先生、帯を持ってきました」そう言って彼が入室すると、先生は何やらパソコンでパチパチと作業しながら、「おう、ちょっと待っててな?」と応答する。彼が1分ほど待っていると、先生が「おっしゃできた」と言って立ち上がり、「帯、貸しな」と彼の手から黒い帯を受け取り、それを部屋の隅に置かれた謎の機械に設置していく。
 えっ!? あれってミシン? 家庭用の? 帯の刺繍ってそんな手軽にできるものなの!? エリスが静かに驚いているのを余所に、マルクは手慣れた様子で機械の設定を進めていき、やがて全ての準備を整えては振り返って、ドヤ顔でこんなことを言う。
 「そんじゃ入れてくぞ。記念すべきお前の初昇級刺繍だ。あポチッとな――」マルクが機械の開始スイッチを押すと、途端にそれが忙しなく動作し始め、搭載された刺繍針が帯を高速で刺し貫いていく。「ギィィィィ!」「バッタンッ!」「ウィーンッ!」「ガガガガガガッ!」エリスはもう何がなんだか分からずに、ただただ心のなかでビックラ仰天する。えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?
 「驚いただろう?」マルクが楽しそうに告げる。「それはそれは高価な『コンピューターミシン』だ。こうしてPCと接続して、作ったデザインを読み込ませれば、あとは自動で高速刺繍してくれる。まさに『一撃必殺』! そう思わんか? ガハハハハッ!」そう高笑いする先生を余所に、エリスは『い、一撃……?』と思いつつ、めった刺しにされる大事な帯を見つめ続けていた。
 「俺がこの道場を開くときにな、師匠の旭信あきのぶ先生がコレをくださったんだ……もう何年も使っているが、今だ性能は衰えることを知らない……ウチの『エコロジー&エコノミー』の強い味方なのだ――ほれっ、イッチョ上がりだ!」ピー、ピーと鳴き声を上げて、ミシンが刺繍プロセスの終了を知らせると、早速マルクが帯を取り上げては、その仕上がりをエリスに見せつける。「どうよ? 美しかろう?」
 エリスの目の前に、光沢を宿した二本の刺繍線が出現した。どちらもオレンジ色で、完璧に真っすぐ刺繍されており、高級感と威厳と存在感に満ちている。思わず彼の口から「綺麗……」という言葉が漏れる。目的を達せたマルクは、「ほれっ、九級おめでとさん」とそれを彼に手渡すと、「じゃあまた来週にな」と彼の肩を叩いてから事務室を出ていく。
 当のエリスは、しばらく感動を噛みしめながら帯を見つめ続け、お終いに小さく「押忍」と呟いて笑うと、それを鞄に仕舞って上機嫌で家路に就いた。

 エリスの空手実績。無級→九級。押忍!

第三十三章 – 青春時代② 高校生活 Ep.21:パパと0262816(おふろにはいろー)!

エリスの高校休日⑪ パパと0262816(おふろにはいろー)!

 06/29(土)15:25。初昇級審査を終えて帰宅したエリスは、早速家族に九級になったことを知らせて、綺麗な刺繍を施された帯のことを自慢した。最初、彼が空手を習うことには否定的だった家族も、この2ヵ月の彼の成長と頑張りを見て、今ではすっかり応援してくれるようになっていた。
 彼の知らせを受けて、父サミュエルは「おめでとう、よく頑張ったね?」と言って頭を撫でてくれ、母エリーズは「お祝いにディナーは豪勢にしましょ」と夕食の買い出しへと出掛けていき、祖父母は「ワシらも負けておられんわい。ちょっこら運動してくるよ」と、近所の小山にハイキングへと出掛けていった。
 エリスは満足そうに鞄を持ち上げ、それを自室に置いてきてから、いつも通り着替えの洋服を準備して、汗を流すためにバスルームへ向かおうとしていた。そのとき、一抹のアイディアが頭に浮かび、ふと彼はリビングにいる父のところへ行き、こんな提案をする。
 「お父さん、一緒にお風呂入らない?」
 ちょうど、ソファーに腰掛けて紅茶を飲みながら、テレビのサブスクでドラマ『This Is Us』のシーズン1を見ていた父サミュエルは、もう数日後に16歳を迎えようとしている息子が今しがた言い放ったセリフの奇想天外さに度肝を抜いて、涙の代わりに紅茶を前方のテレビに向かって盛大に散布した。プッシュ―ッ!
 「わっ! お父さん、大丈夫!?」エリスが心配するなか、父は激しく咳き込みながらティッシュで床と己の衣服とを掃除していき、やがて幾ばくかの落ち着きを取り戻したところで、「お、お風呂……かい?」と質問に質問で返した。
 「うん……どうかな?」堂々巡りを助長するエリス。父は衣服に付いた水気だけでなく、顔にへばり付いた困惑の色も拭い切れない。「ど、どうだろう……? エリスはどうしてまた、私とお風呂になんか入りたいんだい?」この質問の応酬に最初のピリオドを打ったのは、エリスの方だった。
 「特に理由はないよ。ちょっとした思いつき。空手でいっぱい汗を掻いたから、久しぶりにシャワーだけじゃなくって、お風呂に入りたいなと思って……それで、せっかくならお父さんと一緒にって思ったんだけど……きっと迷惑だよね。変なこと言ってごめんなさい」
 そうして独り、寂しそうにバスルームに向かっていく息子の背中を見つめながら、サミュエルは『先ほど自分が過剰反応してしまったせいで、相手に拒絶的な印象を与えてしまったのだ』と気づき、心を痛めた。ち、違うんだエリス……私は決して嫌だというわけではないんだ……ただ聞き慣れない提案に少し驚いたというか……だから待ってくれ、エリス――。
 テレビの電源を切り、息子の後を追ったサミュエルは、颯爽と隣に付いてから「ま、まぁそういう親子の時間があってもいいかもね? ちょうど私も紅茶でベトベトになってしまったから、ぜひお供するよ」と、この異文化的コミュニケーション・イベントへの参加を表明した。対するエリスは、抱え持った着替えをギュッと引き寄せては、嬉しそうに「うんっ!」と返事する。
 つい誘いに乗ってしまったサミュエルだったが、これから起こることへの期待と不安を感じずにはいられなかった。まいったな……何か『間違い』が起きて、エリスとの間に溝ができてしまわないだろうか? うむ……とにかく気をしっかり持たなければ――。覚悟を決めた彼は、「それじゃ私も着替えを持ってくるよ。先にバスタブに湯を張っておいておくれ」とその場を後にした。

[予備知識③ 欧米のお風呂文化とエリス家の浴室事情]
 さて、このまま物語を進める前に、少しだけ欧米のお風呂文化について触れておこう。知っての通り、欧米では日本ほど家庭での入浴習慣が一般的ではない。バスルームはトイレや洗面台、ランドリースペースなどと一体になっていることも多く、バスタブはあくまでシャワーからの水を受け止めるためだけに設置されている感覚で、場合によってはバスタブすらないこともある。
 よって欧米の家庭では、いわゆる『親子入浴』や『裸の付き合い』などと呼ばれる文化はほとんど見られず、子供もある程度大きくなってからは、当然のように一人でシャワーを浴びるようになる。しかし事『入浴』に関しては、全く見られないというわけではなく、物理的にバスタブがある家庭ならば、洗身のみならずリラクゼーション効果を求めて、週イチ程度で入浴する人もいる。
 加えて言えば、欧米の『水回りをまとめるバスルーム形態』というのは、住宅建築様式の『テンプレート』としてそうなっている側面もあり、入浴を重視しない文化はそれに影響を受けているとも言える。かつての中流階級の家には各部屋に一つバスルームがあり、完全なプライベート空間だったのでそれでさして問題はなかった。しかし一家に唯一のバスルームとなった場合、空間を分離しないことはシャワーやトイレ、洗面台の取り合いとなり、明らかに利便性に欠く。
 そのため近年では、欧米でもそれらの分離化が進み、家主の意向によっては浴室に洗い場が設けられたりもしている。無論、エリスの家も長らく欧米式のバスルームだったわけだが、実は2038年に老朽化したバスルームの大々的なリフォームが行われおり、そのとき祖父母の要望で日本式の間取り(トイレは個室、脱衣所に洗面台と洗濯機、浴槽と洗い場も別)に変更されていたのである。
 当時祖父母は『スパ・リゾート巡り』をするほど入浴に凝っていた。そんな彼らの要望をサミュエルとエリーズはできるだけ叶えることにしたのだ。最新の給湯設備に加えて、浴槽にはジェットバスまで付いている! ただし、すでに還暦を越えていた祖父母の安全に配慮して、浴槽は『半身浴サイズの浅い物』が採用された。当時12歳だったエリスは、このリフォーム以降すっかりお風呂好きになったし、冬場ともなれば毎日その恩恵に預かっていた。
 とは言えもちろん、これまで家族と一緒に入った経験は一度もなく、それ以外の人物としても、一度だけニコラがお泊りに来たときに一緒に入って遊んだくらいだった。だから今回、彼が父を誘ったのは異例中の異例だったのだ――ここで彼の魂胆を包み隠さず申し上げるなら、彼はただ『空手で逞しく鍛えられた自分の身体を見てほしかった』のだ(笑) 以前レオが言った通り、やはり彼は『見られたい人』なのかもしれない……。
 さてさて、これで文化的背景への予習が済んだわけなので、待ちに待った楽しいバスタイムを始めようか。夏の特別エピソード『パパと0262816(おふろにはいろー)!』、始まります(アバンタイトルかっ! いつからそんな魔法少女モノみたいなアバン入れる作品になったんじゃ!)。

 バスルームに入ったエリスは、早速バスタブを洗って湯を張っていき、脱衣所で服を脱ぎ始める。フフッ……お父さんとお風呂か……初めてだし、変な感じ……でも絶対楽しいよね? よ~しっ! 僕の引き締まった身体を見せて、お父さんを驚かせちゃおっと――。そうして彼が全裸になったところで、父サミュエルも脱衣所に到着する。「すまない、遅くなっ――て……」途端に目に入る、息子の全裸姿。
 当のエリスは、すぐに照れながら父の目を見て、ご自慢の筋肉を披露しようとするのだったが、ふと『まだ機は熟してない』と思ったようで、結局「先に身体洗ってるね」とだけ言って微笑んでは、ひと足先に洗い場の方へ入っていった。そしてシャワーが流れ出す。
 残されたサミュエルは、気まずそうに頭を掻いてから、気が重そうに服を脱ぎ始める。ま、まずいな……案の定、目のやり場に困る……間違って『下の息子』が反応でもしてしまったら、私は父としての威厳を全て失うかもしれない……そうだ、今からでも遅くない! 『気分が優れない』とか何とか言って、混浴は断るべきだ! そうとも! そもそも『こんなの』は不健全なんだ――。
 「お父さぁ~ん……もしよかったら、洗面台の下の棚に入ってる『シャボン玉セット』持ってきてぇ~……一緒に遊ぼー?」サミュエルが仮病を演じて逃走しようとした寸前、洗い場にいる息子がわざわざシャワーを止めて、そんな『可愛いこと』を言ってくるものだから、彼に抗う術などなかった――ほぼ無意識に「あぁ、持っていくよ」と答えてしまい、最後の逃走経路を自分で絶ってしまう。
 しまった……『遊ぶ』という甘美な響きに釣られて、つい反射的に承諾してしまった……だがそれも仕方あるまい……思えばここ何年も、父子で遊んだ記憶などないからな……それにしても、シャボン玉だって!? もうすぐ16の息子と現在42歳の父親(サミュエルはマルク師範の一つ年上)が二人でシャボン玉で遊ぶ!? は、はたしてそれは健全なのだろうか……?
 そう心では何だかんだ言いつつも、しっかり該当の棚から『ブツ』を探し出したサミュエル。息子が隠し持っていたそれは、『ラジオ付き懐中電灯』のような形をした電動据え置き型のシャボン玉発生装置で、一般的に連想するような『サイバーパンクなレーザー銃型』の物や、『魔法のステッキ型』の物とは違い、やや大人っぽい『空間演出のための玩具』だった。そんな『装備品』を携えたサミュエルは、一つ深呼吸してから、意を決して更衣室を後にする。ええい、ままよ――。
 彼が洗い場に行くと、全身アワアワのモコモコになった息子が快く迎えてくれる。「いらっしゃい。シャボン玉セットあった?」その姿はまるで、見る人全てを夢の世界へと誘う、ウール100%のポカポカな羊さんだった。「あ、あぁ……これで間違いないかい?」彼が股間を隠すように両手で持っている『黒い箱』を示すと、息子は「うん、それ! その辺に置いておいて~」と、シャワーを浴びて羊さんのコスチュームを脱いでいく。
 装備を地面に置いたサミュエルは、股間が無防備になったことに心許なさを感じながら、息子がシャワーを終えて振り向くそのときを、ビクビクした気持ちで待っていた。い、今さらながら……エリスに私の裸を見せてしまって大丈夫だろうか……? 覚えている限りでは一度もないことだし、もし私のグロテスクな性器を見てしまって、彼が強いショックを受けでもしたら……彼は今日のことをエリーズに報告するかもしれない……そしたら私は『小児性愛者』のレッテルを貼られ、事態は離婚にまで発展……私は多額の慰謝料を請求されることになり、最悪、逮捕されることに……(それほどまでに、欧米諸国では児童への性的虐待に過敏になっている)。
 身体の泡を濯ぎ終えると、続いて洗髪に取り掛かるエリス。背後で大の大人が社会的地位を脅かされ、子供のように怯えていることなど知る由もない……。「お父さんも、シャワーどうぞ」予洗いを終えて、シャンプーを手に取った彼は、特に振り向くこともなくそう言って、髪の毛をワシャワシャしていく。サミュエルはとりあえず自分も、先ほどの『羊さんコスチューム』を纏おうと考え、シャワーで身体を濡らしてから、泡だて器にボディーソープを垂らしていく。
 『はぁ……私の人生も、あと幾ばく限りか……(ワシャワシャ)』ソープを泡立てながら、勝手に諦めモードになっているサミュエル。『思えば、温かな家族にも恵まれて、実に幸せな人生だったな……』と泡を身に纏って、皮膚に付いた紅茶と皮脂と垢を落していく。もはや気分として、みそぎに臨む神職かんしょく者に他ならなかった。『神様、今そちらへ参ります……』というわけである。
 「シャワー借りるね?」目を瞑りながら頭をア~ワ、ア~ワ♪にしたエリスが、シャワーヘッドを自分の方に向けて、その奇天烈なウィッグを脱いでいく。かつてビデオの登場がラジオ・スターを殺したように、突如頭部から垂れてきた界面活性剤が、彼の両目を殺してしまったようだ。流水ビームをもって、目元の界面活性剤と頭部の供給源を駆逐した彼は、身も心もサッパリした様子で攻撃をやめては(快……感っ……)、地面に置かれた別の界面活性剤補給基地へと向かっていく。
 彼が基地内のタンクを覗き込むと、中にまだ充分な物資が残されているのが確認できる。早速電源をオンにすると、たちまち「ウィーン」と基地が稼働し始め、空中に大量の対空機雷が発射されていく――表示されたインジケーターを見るに、基地のエネルギー残量も問題ないようだ。それと重なるように、浴室に空襲警報が響く。「チャララ~ン♪ 湯張りが終了しました(Le bain est prêt.)」
 その音を聞いて、嬉々として防空壕へ避難するエリス。入口にソロリと足を入れると、先客が温かく迎えてくれる(湯の温度は41℃。半身浴とは言え初夏なので、かなり熱く感じる)。「うわ~、あったかくて気持ちいよ、お父さん!」そのまま湯船に浸かったエリスは、まだ外で寒空の下に取り残されている父に対し、危機感のない避難勧告をする――。
 そのとき、ようやくエリスの目にプランプランと揺れる父のイチモツが映った(彼らは皆立って身体を洗っている)。泡を纏っていても分かる、軟体動物のような奇怪な姿……。このときエリスは初めて、完全に成熟した男性のペニスを、直に目の当たりにしていた。あっ……お父さんのおチンチン……図鑑で見たのとおんなじだ……もしかしたらカイトのより、おっきいかも――。
 隣の息子が『下の息子』をまじまじと観察している……その視線が痛いほど突き刺さり、サミュエルはこの上なく居心地が悪くなる。言うなれば、絞首台への階段を上っている罪人か、はたまた敵軍に降伏した捕虜の気分だった。しかし彼も人間だ――瞬く間に防衛本能が働き、生にしがみつこうとする。「こ、こらっ。あんまり他人の身体をジロジロと見るんじゃないっ」そう叱責し、父親としての体裁を辛うじて保とうとする。
 「ご、ごめんなさい!」息子が慌てて視線を外し、明らかにこちらを気にしつつも努めて前を向く。その様子を見たサミュエルは、自分が大人げなく叱ってしまったことに、言いようのない後悔を覚えた。はぁ……私らしくもない……いったい何だ、今の酷い親っぷりは……? せっかくエリスが心を許して、こんなプライベートな空間に招いてくれたと言うのに――。そこで堪忍した彼は、禊を終えたタイミングでこう呟く。
 「私こそすまない……裸を見られるのに慣れていないから、恥ずかしくてつい、あんな態度をとってしまった……それにお前としても、成人男性の裸を見るのはこれが初めてだったんじゃないかい?」エリスが前を向いたままコックリと頷く。「それなら気になるのも無理はない……それで、大丈夫かい? 醜い物を見てしまって、ショックを受けたりしなかったかい?」そう言われたエリスは、父の目をしかと見て、こう答える。
 「ううん。本とかでも勉強したことあったし、そんなに驚かなかったよ? それに醜いとも思わない――」そこで彼は、父のペニスをしかと見据える。「だって『そこは僕の故郷ふるさと』でもあるから……」そんなことを平然と言える息子の感性にこそ、強い驚きを禁じ得ないサミュエルだった。変な緊張が抜けて、『自分はここにいていいんだ』と思えてくる。
 本当に……どうしてこんな良い子が、私から生まれてきたのか――。そう内々で自虐する彼だったが、紛れもなく、エリスが優しい子に育った功績の一端は彼が担っていたし、その遺伝子の半分を与えたのも彼であった(言うまでもなく、サミュエルも相当な美形イケメンです)。しばし恍惚と息子を見つめる彼だったが、頬にシャボン玉がポムッと当たったことで我に返る。
 それを見たエリスが、湯船から身体を伸ばして、床のシャボン玉装置を停止させる。そして彼は宙に舞うシャボン玉を一つ手で受け止めてから、父に微笑みかけてこう言った。「ほらっ、お父さんもお風呂入ろ? シャボン玉たくさんで楽しいよ!」それに釣られて、つい口元を緩ませてしまうサミュエル。すぐに照れながら咳払いするも、もう心の砦は完全に陥落していた。満を持して「じゃ、じゃあ失礼して」と片足を上げ、その魅惑の泉へと浴していく――。
 チャプンッ。息子と向き合うようにして半身を湯に浸けたサミュエルは、その久しい熱感にウットリと表情を緩ませる。うおぉ……昼間に入浴というのも、なかなかいいものだな……日頃の疲れが抜けていく――。「お父さん気持ちよさそう」と笑う息子に、「あぁ気持ちいよ」と深く息を吐く父。彼らの心身は徐々に、熱と湿気と水圧のマッサージ効果によりふやけていき、その心地よさが自然と二人を静寂へと導いていく。
 狭い浴槽に人二人、ところどころ触れ合ってしまう肌と肌。股を閉じて右側の空間に脚を伸ばす両者は、ともに左脚の外踝が相手の左腰に当たっていたし、少し左手を動かそうものなら、すぐに相手のどちらかの脚に接触してしまう状態でもあった。その体感覚が実にそそる――じゃなく煩わしかったサミュエルは、とにかく平常心を保ちたい一心で、率先して沈黙を裂くのだった。「そ、それにしても、エリスはいつも風呂場でシャボン玉なんか作って遊んでいたのかい?」
 「うん、ときどき!」目の前で息子が何やら、舞い降りてくるシャボン玉をどんどん受け止めては、それらを熱心に高空へと返していく。水面に墜落したものは割れてしまうので、彼は『できるだけ多くのシャボンを救うゲーム』をしているのだ。それに倣って、シャボンを一つ受け止めるサミュエル。「へぇ、案外丈夫なんだね?」と率直な感想を述べてから、同様に救助活動しようとするも、それは途中でパチンッと弾けて消えてしまう。どうやら手が濡れていたせいらしい。
 「自分でお砂糖とかグリセリンを混ぜて作った、『特製シャボン玉液』なの」エリスが楽し気に遊びながら、『それらが丈夫な訳』を教えてくれる。「普通の液より表面張力が強いから、シャボンの膜も厚くなって割れにくくなるんだ~。インターネットにそう書いてあっ――あっ! 割れちゃった……」最後まで生き残っていた機雷が、ついに空中で爆散した。ゲーム・オーバーを残念がる彼は、気を取り直して第二陣を打ち上げるべく、父親越しに床へと身を乗り出しては、そこにある『リスタート・スイッチ』へと手を伸ばしていく。
 うぅ……近い、近いよエリス……。間近であれやこれやらを無防備に晒す息子に対し、サミュエルは頑なに目を背けながら「あー、私がやろうか?」と助力を提案するも、エリスは「もう……ちょっと……」と全く聞く耳を持っていない。結局次の瞬間には、バスタブの縁に載せていた彼の左手がツルンッと滑ってしまい、彼は床に突っ伏すと同時に、右手で装置をひっくり返して、床にシャボン玉液をぶちまけてしまう。「あー! やっちゃった……」
 サミュエルは自身の左膝にペチャリと当たった『息子の息子』のことはできるだけ考えないようにしながら、「大丈夫かい?」と両手で肩を支えて、息子の身体を起こしてやる。一方エリスは「えへへ、失敗しっぱい……」と、お茶目に笑いながら元の位置に座り直すと、驚異的な切替速度で本題に入っていく。
 「そうそう『丈夫』と言えば! ねぇお父さん、僕の身体……どう?」顔を紅潮させた息子から、そんな曖昧な質問をぶつけられた父は、思わず「ど、どどどうって、どう?」と挙動不審な反応をしてしまう――その際計らずも、目が相手のピンク色の乳首を捉えてしまい、質問の意味を誤解しそうになる。考えろ……エリスは何を伝えようとしている? まさかこの一年での胸の成長を報告したいわけでもあるまいし……とは言え、他に変わったところがあるようにも見えん……(服の上からでも体型はだいたい分かる)。
 「お、大きくなった、な?」負けず劣らず曖昧な回答を返し、この場をしのごうとする父。これが奇跡的に功を奏したようで、息子は嬉しそうに「そう!」と言って、自らの上腕三頭筋を見せびらかしてくる。「空手を始めてから、自分でも身体が丈夫になったと思うんだ~! 僕、もう腕立て伏せ20回もできるんだよ?」
 「お、おぉ~、それはすごいね?」ホッと肩を撫で下すサミュエルだったが、どう足掻いても腕よりも胸に目が行ってしまって、もうどうしようもなかった。くっ、見るんじゃない私! これではさっきの言葉が全部ブーメランじゃないか……。それにしても、大きくなったなぁ(しみじみ)……だが胸そのものよりも、あの乳首の大きさが気になってしまう……男の子でも乳腺が発達するとあんなふうになるのか……。
 そのときサミュエルの脳裏に、以前見た息子のオナニーシーンが蘇る。乱れた手つき、乱れた顔……あの日見た淫らな彼が、ここにいる純粋な息子と同一人物とは、とても思えなかった。エリス……あれからもたまに、あんなことしているのだろうか……? 乳首も弄りすぎて、あんなに大きくなってしまったのか……?
 「それに腹筋も頑張ってるんだよ? ほらっ、触ってみて!」そう言って息子が湯船で膝立ちになって、水面から出したお腹を近づけてくるものだから、サミュエルは仕方なく彼の腹を撫で、「本当だね、硬いかたい」とコメントする他なかった。その手触りと目の前に寄ってきた両乳首の艶めかしさが、彼の煩悩を煽ってくる。ふぐっ……こ、堪えろ私! もうしばしの辛抱だ……別の話題を振ってやり過ごすんだ――。
 サミュエル「せ、成長したと言えば、来週はお前の誕生日だね? 今年も友達を家に呼んで、パーティーするかい?」
 エリス(座り直しながら)「うーん、そのことなんだけど……みんなで話し合って、今年は友達だけで外に遊びに行こうかなって……いいかな?」
 サミュ「あぁいいとも。もう高校生だもんね? その方がお前たちも楽しめるだろう……(ちょっと寂しい)」
 エリス「ありがとう! でも欲を言えば、お家で家族だけのパーティーもしたいな……プレゼントはいらないよ? ただ一年に一度は絶対、お母さんが焼いてくれた甘いチョコレート・ケーキを、家族みんなで食べたくって……」
 サミュ「エリス……(感動)。それについては心配いらないよ? 仮にお前が嫌だって言っても、あのエリーズなら必ず焼くだろうさ。何たって彼女は、お前を愛しているからね」
 エリス「嬉しいな……想像したら、今から誕生日が楽しみになってきちゃった……」
 サミュ「……」
 エリス「……」
 サミュ「ぷ、プレゼントはいらないって? 本当にいらないのかい?」
 エリス「うん! 去年はサマー・スクールに行かせてもらって、楽器まで買ってもらったもん……それに今年は、空手まで習わせてくれたでしょ? もう充分だよ……」
 サミュ「分かった。また、何か欲しい物があったら、言いなさいね?」
 エリス「うん! ありがとう!」
 サミュ「……」
 エリス「……」
 サミュ「髪、伸びたんじゃないか? また母さんに切ってもらったらどうだい?」※普段彼の髪はエリーズが切っている。
 エリス「うんとね、前にお母さんには話したんだけど、今ちょっと『髪、伸ばしてみようかな』って思ってるの……男の子が長い髪だと、おかしいかな?」
 サミュ「なるほどそうなのか――いや、お前がそうしたいなら、そうすればいいと思うよ。お前は母さんに似て美人だから、どんな髪形でも似合うさ」
 エリス「だと、いいんだけど(照)」
 サミュ「……」
 エリス「……」
 サミュ「……」
 エリス「……」
 ここが頃合いだと判断したサミュエル。この試練を終わらせられる魔法の呪文を唱えていく。「さ、さぁ~て! 私はもう充分あったまったから、そろそろ上がるとするよ――」そうして湯船から立ち上がった彼は、そこでようやく己の勝ちを確信し、途方もない安堵感に包まれる。ふぅ……何とか耐え切った……偉いぞ私! さすがは人生経験豊富な大人だ! 心のなかで自分を褒めながら、悠々と右足を洗い場の床へ踏み出していく――。
 そうとも! 立派な大人には欲望のコントロールくらい容易いのだ。さらば、エリス! 楽しいひと時だったぞ――。いざ床を踏みしめんとしたとき、息子が何やら叫び声を上げる。
 「あっ! 床っ! 気を付けて!」
 えっ――。息子の忠告が聞こえたと思った次の瞬間、床をコーティングしているシャボン玉液に足を取られ、サミュエルはすってんころりん! 咄嗟に支えにきた息子を押し倒し、大きな水しぶきを上げて湯船に突っ伏した! も、もしもし警察ですか!? 大事故発生です! 国道バスルーム脇のバスターブ内にて、一台のセダンが対向車のクーペと正面衝突しました! 原因は『ハイドロプレーニング現象』だと思われます!
 ポニュポニュ。セダンの運転手が、両手に柔らかな感触を感じながら目を覚ます。あイタタ……私としたことが、とんだ恥を……ん? この感触は何だ……? ま、まさか……。気づくと彼は、息子の小さなエアバッグ二つに命を救われながら、片足を奈落に突っ込んだ状態で、生と死の境で這いつくばっていた。
 そして死の影は容赦なく忍び寄ってくる――抗いがたい性衝動が股間を直撃し、バスタブの縁に載った彼のペニスが、見るみるうちに勃起していく。ムクムクムク……。そんな節操のない『下の息子』を前に、柄にもなく心中で大説教してしまうサミュエル。『こらぁぁぁバカ息子ぉぉぉぉぉ! お前自身から生まれた相手に興奮すなぁぁぁぁぁ!』
 「イテテ……だ、大丈夫? お父さ――」何も知らないエアバッグ――もとい両胸を鷲掴みにされるエリスが、父の容態を確認しつつ起き上がろうとしたそのとき! ついに彼も父の両腕の隙間から覗く『反り立ったサイドブレーキ』の存在に気づいてしまい、思わず顔を赤らめるのだった。「あ、あの……それ……もしかして、僕のせい……?」
 「す、すまん……不可抗力で、つい……」サミュエルはすかさずエアバッグから手を放し、前屈みのまま慎重に左足を奈落から引っ張り上げては、そのまま後ずさりしていき、この危険地帯からの脱出を試みる。「そ、それじゃ私はこれで……できれば今見たものは忘れてほし――」
 「待って、お父さん!」すかさず左手を掴んで、父を引き留めるエリス。それもそうだ――人身事故を起こしておいて、トンズラここうなど……許されるはずもない。しかしクーペの運転手は、むしろ自分に責任があると言うようにこう告げるのだった。「そのままじゃ辛いでしょ……? もしよかったら僕、オナニー……手伝うよ?」この衝撃的な発言を受け、サミュエルのなかにあった父としての理性が大反発する――。
 「こらっ! 子供がそんなこと言うんじゃないっ!」気づけば彼は腕を振り払って、これまでの親子関係において優に一番となるほどの激しい怒声をもって、息子を叱りつけていた。当のエリスにしても、これほど激怒している父を見るのが初めてだったので、反射的にビクンッとおののいては、やがて慣れない衝撃に震えながら「ごめんなさい……」と俯いてしまうのだ。しかし彼ももうすぐ16歳。頭ごなしに叱られれば、反抗の言葉の一つや二つ、口から漏れてしまうのだ。
 「確かに僕、子供だけど……おチンチンが苦しくなって辛い気持ちは、ちゃんと知ってるよ……? それに――」そこで俯いていた顔を上げ、切なそうな表情で父を見上げるエリスが、先にも増して信じられないような発言をする。「僕、お父さんのこと大好きだから、役に立ちたいって思うし、何されたって平気だもん!」
 どこまでも親泣かせな子だ(二重の意味で)。ここで我が子をビンタして、『もっと自分を大切にしなさい!』と叱るのが親としては正しい行いなのかもしれない……しかし実際にそれができる父親が、いったいこの世に何人いるだろうか……? 身体は否応なしに期待してしまい、ペニスがビクンッビクンッと跳ね始める――サミュエルは決死の覚悟で欲望を抑え込みながら、恥じらいを捨てて上体を起こしては、息子の頭を撫でてこう告げる。
 「さっきは怒鳴ったりしてごめんね? お前の気持ちはすごく嬉しいし、お父さんもエリスのこと大好きだよ。でも分かってほしい……どれだけ大好きでも、お前は私にとって大切な息子なんだ。息子に性欲の処理など、頼めるはずがない。だからできればその気持ちは、これからできるかもしれない恋人のために取っておきなさい。いいね?」
 「お父さん……」親の熱い愛情を受けて、幸せそうな表情を浮かべるエリスは、やがて全てに納得したように、飛びっきりの笑顔でこう返事する。「うんっ! 分かった!」彼は知らなかった……相手の理性を破壊する最後のトリガーとなるは、何も胸や性器やお尻などの秘部ばかりとは限らないことを――そう、彼の圧倒的美貌はまさに『格別のご馳走』! サミュエルに飼い馴らされた『普段は大人しいしもの魔物』と言えども、口から唾液が滴り落ちるのを止められはしない! 喰わせろぉぉぉぉぉぉぉ! 貪りたいよぉぉぉぉぉぉぉ!
 「お、お父さん……?」サミュエルの目の色が変わり、頭を撫でる手から震えも感じ取ったエリスが、心配そうに父を呼ぶ。「えっと……大丈夫?」目の前で脈動する魔物のことは、できるだけ見ないようにしていた。
 「あ、あぁ大丈夫さ。私にはエリーズという素敵なパートナーもいることだしね? 大丈夫、だいじょうぶ……」エリスにとって意味不明だったサミュエルのこの発言だが、つまり彼は『パートナーがいるから性欲の処理は間に合っているよ』と言いたかったのだ。確かに本来それは事実だが、実際には妻のエリーズとは『大分ご無沙汰』だったので、彼は性欲を月に一回、自室でポルノを見ながら一人で解消せねばならない状態だった。「それじゃ、私は行くね――」今回もそうすればいいさと、浴室から去ろうとする彼だったが、何者かの声が遠く聞こえた気がして、ふと歩と止める。
 『嘘つき……』最初は気のせいかと思ったが、その声はどんどんどんどん大きくなっていく。『嘘つき……嘘つきっ……嘘つきっ……!』彼は恐るおそる下にいる魔物を見下ろした。するとそこには見たこともないほど肥大し、血管を浮かび上がらせながら激昂する魔物がいた。そいつは唾を撒き散らしながら、身の毛もよだつような声で飼い主を罵倒してくる。
 嘘つきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! 嘘つき嘘つきうぞづぎぃぃぃぃぃぃぃぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! いだいっで思っでるだるぉぉぉぉぉぉぉ! 俺様おれざまばごいづをうだめに生んだんどわぁぁぁぁぁぁ! いいぢゃん演じんのば終じめぇどわぁぁぁぁぁぁぁ! うぅぅぅぅぅぅぅぅ! グウゥゥゥゥァァァァァァァ!
 くっ――。完全に理性を侵食されたサミュエル。息子のいる浴槽に飛び込んでは、驚く彼の目の前で一心不乱にペニスをしごいていく。「エリス! エリス! エリスッ!」息子の怯えた表情を見ていると、この上ない背徳感と快楽が湧いてくる。目線を彼の乳首、そして下半身へと移しながら、クチュクチュクシュッシュとシコっていくと、魔物が嬉しそうな雄叫びを上げる。
 『ぞれでいぃぃぃぃぃ! ぞれでぇぇぇぇぇぇ! げど見るだげじゃねぇんだるぉぉぉぉぉぉ? うよなぁぁぁぁぁぁ? グウゥゥゥゥヨヌァァァァァァ!?』
 うるさい黙ってろ! このまま終わらせてやる! 息子には指一本触れん!
 『嘘だ! 嘘だ嘘だ! うぞぐなぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 「エリスッ! エリスッ!」
 『今ざらぞんなんで体裁保でいざいだもでると思うでがぁぁぁぁぁぁ! もうおぜぇぇぇんだよぉぉぉぉぉ! どのみぢおめぇば変態べんだいの罪人じゃぁぁぁぁぁ! 見でみろや息子むずごがおぉぉぉぉ!』
 「エリスッ! エリ――」サミュエルはそのとき見た息子の顔を、生涯忘れることができなかった。それほどまでに自分を見つめる彼の顔は、穏やかさと母性愛に溢れていたのだ。思いがけずペニスをしごく手が止まり、とてつもない罪悪感と涙が溢れてくる。「す、すま、すまない……エリス……私は……私は――」息子の人差し指が、彼の口から言葉を奪う。
 「泣かないで、お父さん。僕は平気だから……ここにいるから……」この期に及んでもまだ、父を受け入れようとするエリス。もはや単なる優しさや親子愛の域を超えたところに彼はいるのかもしれない。「だから慌てないでいいよ? そんなに乱暴にしちゃ、おチンチンが可哀そう……」
 『はん? 俺様のことを心配してんのか? 変なやつ!』by サミュエルのしもの魔物
 「けどこうやって早く終わらせないと、お前に酷いことをしてしまいそうで……」
 父親が静かに流す涙を、本人に代わって拭い取る息子。
 「酷いことって……? 僕、少しくらい触られたって、全然平気だよ?」
 「し、しかし……」
 父の抱える葛藤も悔恨も慚愧ざんきも、全てを包み込むようにして抱きしめる息子。彼は父のペニスを素股に挟み込んだまま、耳元で天使とも悪魔とも取れる言葉を囁くのだった。
 「ねぇ教えて……僕にどうしてほしい……?」
 『何だコイツ……じ、自分から……はは~ん? さすがは俺様の息子ってとこか?』by サミュエルの使い魔
 ドクンッ、ドクンッ! 瞬時に繰り広げられる脳内シミュレーション。サミュエルはあんなことやこんなことを妄想してみるも、そのどれもが完全アウトな犯罪行為であることは疑うべくもなかった。む、無理だ……息子にそんなこと……強要させられるわけない……。苦しみから涙が零れ落ちる。
 『グヘヘヘヘェ~、いい子だいい子だぁ~。んじゃ望み通り、美味しく喰ってやんよ~! いっただっき――』
 ニュルンッ。邪な欲望が暴走しかけていたそのとき、魔物の顔が素股から引き抜かれる。何事かと目の涙を拭い取り、今しがたそこで起こった出来事を確認したサミュエルは、そこにある妄想を超越した美しい情景に息をのむ。
 「僕、知ってるよ?」息子がバスタブの縁に左手を突いて――。「男の人は女の人の『おまんこ』にれるのが、一番気持ちいいんだよね?」こちらへ向かって尻を突き出している。「でも僕には『おまんこ』がないから……」彼が右手でその右側の肉を引っ張り寄せると――。「お尻の穴しかあげられない……」奥に隠された秘密の扉が現れる。「それでももし、お父さんがしたいって思うなら……」薄いピンク色の粘膜でできた扉。「僕、いい……よ?」中の秘宝を守護するように、ぴったりと閉じられている。
 『お宝は目の前だぁぁぁぁぁぁぁぁ! ほらっ、ご主人様よぉ! 可愛い可愛い息子の『ケツまんこ』だぞぉ! さっさと俺様をぶっ挿せやっ! それとも具合を確かめるため先に指を挿れるかぁ? まさか匂いを嗅いだり舐めたりしたいってんじゃねぇよなぁ!? どうでもいいからとっとと動けやっ! やっちまえやっ! クソが……何で動かねぇんだよ……何で俺様の目からも、こんな涙が溢れてくんだよ――』
 「お父さん……? どうしてそんなふうに泣いてるの?」幼子のように泣きじゃくる父を見て、理由が分からずとも悲し気な顔を返すエリス。「僕、悪いこと……してる?」父は首を横に振りながら、ゆっくりと息子の右手を制しては、こう告げる。
 「そんなことはしなくていい……しなくていいんだよ、エリス……」閉じていく息子の肉壁。それを見た父は、ぐったりと湯船に座ってから、ついに己の望みを伝えるのだった。「私の望みが決まったよ……エリス……もし嫌じゃなければ、『お風呂に一緒に入って、抱きしめさせてくれ』ないか?」そう言われた息子は、『えっ? そんなことでいいの?』と言うような表情を浮かべる。
 「本当はそれでも親としては失格だが、私ももう……理性が持ちそうもない……。お前を後ろから抱きしめながら、『コレ』はお前の見えないところで自力で処理するつもりだ……そうすれば最低限、『仲睦まじい親子』という体面は保っていられる……いや、保っていられるような気がするだけだが……」
 「分かった! じゃあ一緒にお風呂、入ろっ!?」ジャバーンッ! エリスが嬉しそうに背中からダイブし、父の懐に飛び込んでいく。そうして身を寄せ合う父と子。二人はスカイ・ダイビングのタンデム・ジャンプみたいな位置関係で湯船に浸かっていて、エリスの背中には父のペニスがチョンッと当たっていた。それなのに父が一向に抱きしめてこないものだから、彼は振り向いて最後の許可を与えるのだった。「どうしたの? 『好きにして』いいんだよ?」
 これが事実上の『大統領命令』となった――サミュエルのなかにあった『核兵器ボタン』の最後の安全装置が解除され、命令を受け取った士官二人が『発射キー』を管制端末へと挿し込んでは、同時操作のカウントダウンを始める。ファイヴ、フォー、スリー、ツー、ワン……神のご加護を! 発射! そして二つのキーは回された――。
 「エリスッ! エリスッ!」後ろから息子を抱きしめて、その両胸を揉みしだきながら腰を振り始める父。自力で処理すると言った『下の魔物』だったが、一度息子の尾てい骨に擦り付けてしまったが最後、湧き起こる極上の快感に抗う術がなかった。
 『こ――ハァ――今回は――ハァハァ――これくらいで――うぐっ――勘弁してやんよっ』by 悦に浸る魔物
 「お、お父さんっ! だ、ダメ……そんなに激しく触られたら、僕もお胸感じちゃうっ♡」そんなことを言うエリスだったが、本当は父に触ってもらえたことが、すごく嬉しかった。彼も最初はそんなつもりじゃなかったが、父の勃起チンポを何度か見ているうちに、気分はすっかりエッチになっていたのだ。あーあ……僕またオナニーしちゃうんだ……『あんなこと』があった後なのに……やっぱり僕ってエッチな子なんだな……でも今回はお父さんと一緒だから……いいよね……?
 「すまない――ハァハァ――すまないエリスッ!」父が喘ぎながら耳元で何度も謝罪してくる。「酷い父親ですまない――ハァハァ――お前を汚(けが)してしまって、本当にすまないっ!」父の両脚が両側から絡みついてきて、エリスの両脚はすっかりホールドされてしまう。まるでプロレスの関節技か柔道の寝技みたいな状態になる親子。すっかりぬるくなってしまった湯のなかにあっても、彼らは火傷しそうなほど互いの熱を感じていた。
 「いいっ! これは僕のせいでもあるから――ハァハァ――謝らないで――んっはっ――気持ちよくなってっ!」腰に擦り付けられる肉棒の熱感と、激しい反復運動による呼吸の乱れに喘ぎながら、エリスは『自分の方こそごめんなさい』と、父に対して何度も何度も、心のなかで謝り続けた。ごめんなさい、困らせちゃって……ごめんなさい、怒らせちゃって……ごめんなさい、謝らせちゃって――。
 「せ、せめて――ハァハァ――お前も気持ちよく――ハァハァ――なってくれっ!」父が爪を立てて、息子の両乳首を引っ掻き始めた。き、来たっ――。
 「やっ、お父さんそこは――」
 エリスが2ヵ月越しの性的快楽を感じようとした、その瞬間――ゾクッ! 突如その身の異変に気づいた彼は、形容しがたい恐怖と悪寒に包まれる。えっ……何これ……全然、気持ちよくない……ちゃんと触感はあるのに、どうして――。
 我が子の変容など知る由もないサミュエルは、「愛してる――ハァハァ――愛してるよエリスッ!」と言っては息子の首筋を舐め啜って、乳首をカリカリ・腰をヘコヘコ、このプロセスのラスト・スパートに入っていく。そしてその刺激がエリスの違和感を確信へと変えるのだ。こんなに弄られて何も感じないなんて、絶対におかしい! 前だったらすぐにイきそうになってたのに……そう言えばおチンチンも、ずっと小っちゃいままだ――。
 彼の置かれていた状況とはつまり、『究極の不感症』だった。『エロを考えない』がゆえ無性欲になっているレオとは違い、これまでのエリスならその豊かな『エロ感受性』と『性感帯の神経作用』によって、性ホルモンに頼ることなく性感を得たり、絶頂に至ることは可能だった。
 しかし今現在、彼は全ての性感にまつわる神経伝達を遮断されているほどの、徹底した不感状態に陥っているのである。その原因にまるで心当たりがなく、激しい混乱に襲われるエリスだったが、すぐに『今やるべきこと』に意識を切り替えては、その動揺が父に伝わらぬよう喘ぎ声を演じていく。「いいよっ! 気持ちいいっ! お父さん大好きっ! 大好きっ!」今や父の指使いを不快にさえ感じてしまう状態だったが、この状況を作り出した責任を取るべきだと、彼は考えたのだ。
 そうだ……僕はずっと強くなりたいって思ってたじゃないか……だったらこうなって、むしろ好都合なんだ……よかったぁ、もうあんな気持ちにならなくて済むんだ……自分を嫌いにならなくて、済むんだ……だからこれは罰じゃない、祝福なんだ……そう、これからは……。
 100%誰かのために行動できるっ!!「イって! お父さん! 僕と、一緒にっ!!」
 「エッリ――ふぇっぐっ――イッぐっうっうっ!」
 ビクンッ、ビクンッ、ビクンッ……。息子の左肩を甘噛みしながら、その腰に精液を叩きつけていくサミュエル。一回、二回、三回と……痙攣するたびに味わう多幸感。六回目の痙攣で絶頂を終えた彼は、それからも息子を抱きしめたまま、しばし幸福感に浸っていく。
 湯船で放たれた彼の精子は、皆ぬくい水中を目的地すら知らぬまま、必死に泳ごうとしていた。生きようとしていた。しかし現実は非情である――環境変化に耐えきれなかった個体が一匹、また一匹と死滅していく。そしてものの数秒のうちに、そこにあった約二億匹の精子は全滅した。皆、『エリスの兄弟』になれたかもしれない可能性の欠片だった……。死骸が水中を糸のように漂っている。
 そんなミクロなドラマになど意識が及ばぬサミュエルは、1分間そのままの姿勢で充足感を得た後、息子の『うなじ』に愛おし気なキスをしてから、小さく「ありがとう……」と呟くのだった。その言葉を聞いたエリスが、どれだけ嬉しかったかは言うまでもない。『すまなかった』ではなく『ありがとう』……それは彼が何よりも求めていた言葉だった……。
 しかししかし! やはり現実とは非情である。そんな感動的なシーンは、次の瞬間には修羅場へと変わってしまうのだから――エリスとサミュエルの二人は、突如右斜め後ろから聞こえてきた声に、驚き・桃の木・山椒さんしょの木! 背筋を凍り付かせることになる。
 「へぇ~、二人とも楽しそうねぇ~?」
 冷酷さを含んだその声の主は、いつの間にか買い物から帰ってきていた、『母エリーズ』だった。幽霊の気配でも感じ取ったように怯えた表情で振り返った二人は、そこで顔を凍らせている母に対して、悪あがきの取り繕いを始める。
 サミュ「や、やぁエリーズ? も、もう帰ったのかい?」
 エリス「お、お母さん、おかえり……」
 母は静止画のごとく動かない。
 エリス「今ちょっと、僕たちお風呂入ってるの……」
 サミュ「え、エリスに誘われたもので……た、たまにはこういうのもいいかと……」
 母はハイスピード・カメラの映像かと思うほど、ゆっくりと眉間に皺を寄せていく。
 サミュ「答えが恐ろしいが、聞くべきだろうね……エリーズ……いつからそこに?」
 母はタイムラプス映像かと思うほど、瞬時に浴室のドアを開けてから、こう叫ぶ。
 「サミュエル! あなたいったい何してるのっ!!」
 情けない顔で妻の鬼の形相を見上げるサミュエルが、心のなかでこう呟くのだった。
 終わった……私の人生は、終わった……。
 (;´∀`)(似た者親子……)

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