[R18]”男の娘”小説「ELLIS-エリス- 世界最高の生き方」第二十五章~第二十七章【性への目覚め!初体験を乗り越えろ!】

ELLIS-エリス- 世界最高の生き方オリジナル芸術作品

この作品には性的表現が含まれます。18歳未満の方の閲覧を禁じます。

第二十五章 – 青春時代② 高校生活 Ep.13:バーンアウト・ビデオ・セックス(旭信流空手編 始)

エリスの高校休日⑨ バーンアウト・ビデオ・セックス

 全身全霊で挑んだ春祭りライヴから一晩明けて、次の日の日曜日。その日エリスはぐったりしていて、とても何かしようという気分になれなかったため、午後2時になってもまだパジャマのままベッドで横になっていた。軽い『燃え尽き症候群(バーンアウト)』状態だった。そんな彼を励ますように、彼の持ち上げているスマホが雄叫びを上げる。
 「ぐぬあぁぁぁ! エリスゥゥゥ! 学園祭での君のライヴ演奏、見たかったぜぇぇぇぇ~!」
 見ると画面のなかには、去年サマー・スクールで出会った友達『カイト』の姿が映っていた。どうやらエリスは彼とビデオ通話しているようで、ひと冬を越えて肌色がやや明るくなった彼も、同じく寝巻を着てベッドにいるようだ。日本とスイスの時差は8時間なので、現在日本は午後10時である。
 「ふふっ、僕もカイトに見てほしかったな」画面に向かって微笑むエリス。彼にとって今日がお休みなのは幸いだった。こうしてゴロゴロしながら友達と楽しくお喋りして、英気を養うことができるからだ。もっとも、ゆったり長電話できる友達ばかりではない――先ほど『テムバ』や『ティエンジェ』とも連絡を取った彼だったが、そのときは二人とも勉強で忙しそうだったので、早々に通話を終了する他なく、少し寂しい思いをしていたのだ。

 せっかくなので、彼らの近況をお伝えしよう。南アフリカで医師になることを目指すテムバは、去年10月に行われたNSC(National Senior Certificate:高校卒業資格)のための試験(通称『マトリック(Matric)』)で好成績を修め、念願だった『ケープタウン大学(University of Cape Town)』の健康科学部・医学科に入学することができた。そして今年2月から大学がスタートしており、これより彼はMBChB(医学士課程)プログラムに沿って、6年間の熾烈な研究生活に身を投じることになる。当然、彼はものすごく忙しい。
 一方、中国で宇宙飛行士を目指しているティエンジェは、志望する『清華大学』に入学すべく、再来月――6月初旬――に行われる『全国統一大学入試(通称、高考(ガオカオ))』に向けて勉強勉強の毎日を送っている。高考は中国における最も重要な試験の1つで、その後の人生を大きく左右することから、『運命の試験』とも呼ばれる。当然、彼もものすごく忙しい。
 そんなわけで、なかなかゆっくり話したりできない彼らに代わって、エリスの寂しさを慰めてくれているのが、今通話しているカイトだった。彼は先の二人と比べれば幾分かゆとりのある生活をしており、つい先月高校を卒業してからは大学へは進学せず、そのまま父親が経営するサーフィン・スクールのインストラクターや、サーフショップの店員として働きながら、プロサーファーになるためのチャンスを待っている状況だった。
 特にカイトは、去年怪我の影響で夏季(オンシーズン)の大会を全て欠場せざるを得なかったため、今年の復帰には並々ならぬ期待と覚悟を持っているようである。特に重要なのはJPSA(日本プロサーフィン連盟)の開催するプロトライアル大会で、もしそこで既定のラウンドまで勝ち進めば、晴れてプロ認定を受けることができ、高額賞金が出るプロ大会への出場や、スポンサー契約、WSL(World Surf League)主催大会への出場も視野に入ってくる。
 彼の夢はWSL主催の世界大会WCT(World Championship Tour)での優勝なので、プロになってようやく、そのスタートラインに立てるわけだ。彼自身、その日のためにたくさんの努力をしているし、きっと今年の夏はそれが報われることだろう。それでは、久しぶりのビデオ通話で舞い上がっている二人の会話に戻ろうか――。

 「あっ『見る』と言えば、さっきカイトのインスタ見たよ! 先月学校の卒業式だったんだね? おめでとう!」エリスがベッドから身体を起こして、お祝いの言葉を掛ける。「それに今週は君の18歳の誕生日でしょ? すごいね! 素敵なことが立て続けだ!」それも彼のインスタ投稿から知ったことだった。サーフショップでの自撮り写真に『もうすぐ18歳! 最高だ!』というコメントが添えられていたのである。それを見たエリスは、友達がひと足先に大人になるようで、どことなく寂しさを覚えると同時に、自分だけが世界から取り残されているような、何とも言えない焦燥感を感じた。
 「そそ! 『素敵なこと』なんよ」画面の向こうにいるカイトが意味深な態度で笑う。かと思えば、突如彼は甘ったるい声でこんなことを言うのだ。「エ~リスッ! 俺、もうすぐ18になるよ? つまりもう少しすると~、『結婚』できるようになるんだ!」彼は正しく、主人公のことが大好きなブロンドちゃんのようだ。
 「えっ……あぁ、ホントだね!」当然、戸惑いを隠せないエリス。結婚……結婚かぁ……。自分にはまだ遠い未来のように感じるステージの話に、彼はますます焦燥感に苛まれた。「えっと……カイトには、結婚を考えている恋人はいるの? それとも……まだ、僕と結婚したいって思ってる?」恥ずかしかったが、そう率直に尋ねざるを得なかった。
 「もち君にゾッコンよ!」カイトが一途な思いをストレートに伝えてくる。「だから君が18歳になる瞬間が日に日に近づいてくるのが、もう嬉しくて嬉しくて堪んねぇって感じ! 見てろよエリス! それまでに俺、必ず君に相応しい男になっからよ!」彼の気持ちは強いプレッシャーでもあったが、やっぱりすごく嬉しかったエリス。相手の恋心が本物なのだと分かるからこそ、自分も相手と真剣に向き合わなければいけないな、と思った。
 「そう言ってくれるのは、すごく嬉しいよカイト。でも僕、君のプロポーズを断っちゃうかもしれないよ? 君を傷つけちゃうかも……」申し訳なさそうに眉尻を下げるエリス。正直、現時点で彼の本心を述べるなら、カイトと結婚するという未来図は全く描けていない状態だった。他に好きな人がいるからとか、テムバやソフィーに気を遣っているからとかではなく、単純に『結婚』に対する意欲が低いからである。それもそうだ、15歳ならそれが普通である。
 「そうなったときはそうなったときよ! それは俺が君を『落とせなかった』ってだけの話だから、あんま気にしないで! それよりも俺、君が俺のことで思い悩んだり、そのせいで心や身体を患わせちまうことの方が、断然辛いから」以前テムバがそう定義したように、カイトは一見して『単なるプレイボーイ』にも見える。しかし彼の言葉には間違いなく、偽りではない『思いやりの心』が宿っているのである。そう、彼は真に『イケメン』なのだ。
 「カイト……」安心して表情を緩めるエリス。彼の脳裏にほんの一瞬、カイトとの結婚生活の情景が浮かんだのは、気のせいではないだろう。信頼関係とは、こうして少しずつ育まれていくものだ。
 しかしそんな彼らの会話を傍から聞いていたエレキベースの『フロスティ』は、怪訝な表情を浮かべてこう思っていた。『解せぬ……』彼は今現在、目の前で大好きなエリスの関心を独り占めしているカイトに対して、身の程知らずな嫉妬心を芽生えさせているのである。『僕ちゃん解せぬ! あのカイトってやつ絶対怪しい! 理由はないけどとにかく怪しい! うわーんエリスー! 僕のこと構ってよー!』
 「ま、それはそれとして~」そんな死角からの刺客の視線など知る由もないカイトは、大胆不敵にも次の話題を切り出していく。『今度はどんな口説き文句でエリスをたぶらかすつもりだプレイボーイ!』そんなフロスティの懸念とは裏腹に、聞こえてきたのは先にも増して甘ったるくなった、彼の求愛ボイスだった。「エ~リスッ♡ 俺ももうすぐ誕生日なわけだしさ~、なぁにっかごっ褒美欲っし~いなぁ~♪」何やらカイトは、柄にもなく甘えん坊になっているご様子だ。『ふんっ、バースデー・プレゼント強請る歳かよ!』by フロスティ。
 「そうだね! えっと……僕に何かできることある?」普段、自分や友達の誕生日は盛大に祝う習慣を持っているエリスにとっても、これほど遠い異国に住む友達をお祝いするのは初めてだったし、すごく光栄で、彼が望むことはできるだけ叶えてあげたいな、と思っていた。しかしまさか、そんな要求が来ようとは――。
 「エリスの『エッチな姿(sexy side)』が見たい!」やはり彼は直球しか持ち合わせていなかった。『ほらね! こいつただのヤ〇チ〇野郎だよ! 本性表したんだ! 逃げてエリスー!』部外者フロスティがギャーギャーと騒ぎ立てる。
 「へっ?」いきなりのことで、エリスも動揺を隠し切れない。エッチな姿……セクシーな一面ってどういうこと? 僕そんなの持ってないんだけど……えぇっと、それってつまり……。「カイトは……僕のは、裸が見たい……の?」非常に恥ずかしかったが、彼は相手の望みを単刀直入に聞くしかなかった。もう去年テムバの前でしてしまったような失敗を繰り返したくなかったのである。
 「は、裸っ!? いやごめん。変な言い方しちまって……」カイトが少し反省したように、トーンを落として告げる。「ほらさ俺たち、今初めて『パジャマデート』してるわけじゃん? だからちょっちロマンチックな気分になりたいな、って言うか……そりゃ君の裸は見たいけどさ、君が嫌がることはしたくないし……ただ俺、恋人の振りでも『ごっこ遊び』でもいいからさ、君とイチャイチャ・ラブ電話したかったんだ」
 恋愛経験豊富なカイトからすれば、今のエリスが自分に気がないことは痛いほど分かっていた。電話しても話すのはいつも、たわいない世間話や近況報告だけだったし、いつまでも一人の友達としか見てもらえない辛さを、彼は嘘でもいいから埋め合わせたかったのだ。あぁクソ……こんなんじゃむしろ逆効果か……嫌われちまったかもしんねぇな――。
 「そっか……ごめんね、僕いつも君の気持ちを蔑ろにしちゃってたんだね……」彼の要望をようやく理解したエリスは、心のなかで自分がどうしたいのか、どうすべきなのかを自問した。彼の恋心を知ったうえで、口先だけの『恋人ごっこ』なんてできるだろうか? 仮にそうしたとして、彼は本当に満足なのだろうか? いや、もし自分が彼の立場だったら、きっともっと苦しくなるだろうな……そう思った。だとしたら、僕がしてあげられることは――。
 カイト「いや、それは違うから! 俺の勝手なワガママだし、頼むから君は責任を感じないで――」
 エリス「いいよ……」
 カイト「――くれよ! って、へ?」
 突然のことで、カイトは何が『いいよ』なのか分かっていなかったが、画面の向こうでエリスがパジャマのボタンを外していっているのが見えて、その意味を悟るとともに、強い驚きと期待が沸々と湧き上がるのを感じた。「ちょっ、エリス! マジでそこまでしなくていいからっ!」
 「安心して――」エリスが最下ボタンを外すと同時に、青いサテン織りパジャマ(羊さん柄)の前がはだけて、白い肌着のTシャツがあらわになる。「僕、全然嫌じゃないよ――」パジャマを完全に脱いだ彼は、続いてTシャツの裾を捲り上げては、半袖から腕を抜いて脱いでいく。「君のこと信頼してるし――うんしょっと――特別だと思ってるから」ごめんねテムバ……これから僕がすることは、君の気持ちを二重で裏切ることかもしれない……でも、ちゃんと自分で考えたことなんだ――。
 服が脱がれるたび、彼のスマホが左手とともにシャツの中を通過していく様子が、カイトのスマホに映し出される。カイトはそれを成す術なく見守るしかなかった。マジか……いいのかよ本当に……君は優しすぎるからよ……無理してんじゃねぇのか? なぁエリス――。そんな好きな人をおもんばかる気持ちとは裏腹に、彼のペニスはムクムクと成長していく。
 「あっ――」肌着を脱ぎ終わる寸前、エリスが誤ってスマホをベッドに落としてしまい、カイトのスマホには真っ暗な画面だけが映し出される。「ごめん、カイト! ちょっと今ブラ外すから、待っててね」何という会話だ……。しかしこれこそが、カイトの待ち望んでいた『イチャイチャ・ラブ電話』だった。彼は無言で感動を噛みしめながら、ウズウズと真っ暗な画面を見つめ続けていた。あぁクソ! 認める! この子が好きだ! だから裸も見たい! ビデオ・セックスもしたい! ハロー18歳! ハッピー・バースデー俺っ!
 「お待たせ――」エリスがスマホを拾い上げた瞬間、カイトのスマホ画面が光に包まれる。本来ならすぐにカメラの自動露出が働いて、被写体が映し出されるはずなのだが、不思議なことに、しばらくしてもその光は消えなかった。カイトはそのときやっと気づいた。そこに映っているものがあまりに信じられなくて、自分の焦点がズレていたことに……。画面の向こうには、白い柔肌を晒しながら頬を赤く染めるエリスの姿があった。
 「ど、どうかな……?」恥じらいながら上目遣いで話すエリス。「僕……せ、セクシー?」正直、彼は自分の裸に自信は持ってなかった。実際『セクシー』という言葉の意味もあまり分かっていなかったのだが、少なくとも自分のような子供っぽい身体とは真逆の概念だろうな、と思っていたからだ。
 ただ、何を持ってセクシーと定義するかというのは、感じ手それぞれ、十人十色あるわけであって、今のカイトにとって彼の姿は紛れもなくセクシーであり、美しいものだった。「あぁ……セクシーだよ……」とは言え正直なところ、彼の姿から受ける印象は『セクシー』と言うよりも、やはり圧倒的に『美しい』だった。例えるなら『絶対的な美を象徴する彫刻芸術』である。だからカイトは一瞬だけ、そんな美術品を見て人生観を一変させる博物館来館者の気分になったのだ――いつのまにか彼のペニスは萎んでいた。
 もちろん好きな人の裸だ。仮に彼が博物館の客だとて、若いエネルギーに満ちた彼がいつまでもそんな『お行儀よく』していられるわけもない。次の瞬間には強い性衝動が電撃のように彼の身体を駆け巡り、ペニスは痛みすら走るほど固く勃起していた。や、やべぇ……シコりたい……けどそんなんエリスに失礼すぎる……あぁ最低だな俺――。
 「だ、大丈夫? カイト、顔色悪いよ……?」突然と表情を曇らせたカイトのことを気に掛けるエリス。も、もしかして僕……また失敗しちゃったの?
 「大丈夫、大丈夫……」カイトは気丈に振舞うも、すぐ笑顔はどこかへ消えてしまう。それもそのはず、もう彼の理性は限界寸前だった。そしてそのときは、急に訪れるのだった――。「それよりもさエリス……よかったら君の『乳首』、もっと近くで見せてくれねぇ?」カイトのなかで理性の綱が断ち切られた瞬間だった。俺はヤル! この子とヤルッ! 前回イギリスで我慢したときから、何度この瞬間を夢見てきたことか! 何度君を想って一人寂しく自分を慰めたことかっ! 俺は今夜、本物の男になる――。 
 「う、うん……」ひとまず彼に言われた通り、スマホを自分の右胸に近づけていくエリス。何だかすごくイケナイことをしている気分だった。それにカイトの様子もおかしくて、少し怖かった。ど、どうしたんだろカイト……それに僕自身も変だ……胸なんて見られたって、どうってことないはずなのに……すごくドキドキしてる――。「こ、これで……見える?」
 カイトのスマホにでかでかと、薄紅色の瑞々しいビーズが映し出される。それは思わずスマホのガラスフィルムに吸い付きたくなるほど官能的な光景だった。ついズボン越しに自分の竿を握りしめ、そのまましごこうとしてしまうカイトだったが、必死に欲望に抵抗して、それを抑え込んだ。ダメだ……これじゃいつもと同じだ……俺は『エリスと一緒に』気持ち良くなりたい――。
 「え、エリス……オナニー(Masturbation)ってしたこと……ある?」聞くまでもなかったが、そう導入するしかないカイトだった。案の定エリスからは、「お、オナ……それってなぁに?」という返答が返ってくる。だよな……君は去年の時点で、まだオーガズム未経験だったもんな……半年以上経ってまだ君が『ヴァージン』でいてくれて、嬉しいぜ――。「自分で自分の身体を触って……気持ち良くなることだよ……一人でするセックスみたいなもん……」
 「えぇっと……そ、それって僕でもできるの?」ずっと画面に乳首が映っているので、まるで乳首と会話しているように思えてくるカイト。本来彼は巨乳好きなのだが、今はこの男の子の『ちっぱい』を貪りたくて仕方がなかった。クソ鎮まれ鎮まれ俺の煩悩! もうこの子をそんなふうに消費して、これ以上自分を嫌いになりたくねぇぇぇぇ!
 カイト「サマー・スクールのとき言ってたよね? 『乳首擦れて気持ち良かった』って……それを自分でやんのさ……分かる?」
 エリス「わ、分かるよ……でも僕、怖いかも……」
 カイト「とりあえず、触ってみて……」
 「は、はい……」エリスは恐るおそる右手の人差し指を、自分の右乳首に向かって動かしていく。うぅ……普段あんまり触らないようにしてるから、何だか緊張するな……でももう『しこり』もないし、そんなに敏感じゃないと思うんだけど――。「じゃ、じゃあ触ってみるね?」彼は意を決して、少しだけ先端を指の腹で撫でてみた。すると――。
 バチィッ! 強烈な電流が胸を、指を、脳を、そして股間を駆け巡っていく。「ふあっ――」思わず左手のスマホを落として、その手で口を塞ぎ、嫌らしい声が漏れてしまうのを防ぐエリス。な、何これ……何でこんな……も、もう『しこり』は消えちゃったんじゃないの……あっ、そっか……普段厚手のブラしてるから、刺激から守られてただけだったんだ……そう言えば、去年ソフィーに触られたときも――。「んっ……く……」無意識に二度目の愛撫を行ってしまい、悶絶しそうになった彼は、何とか理性を繋ぎとめてスマホを拾い上げた。
 「ご、ごめんカイト……ちょっと想像以上に強い刺激だったから、驚いてスマホ落としちゃった……」彼が薄目を開けてスマホを見ると、そこでカイトが顔を伏せてぐったりしているのが確認できた。「カイト……?」
 そのときカイトは、パンツの中で射精してしまった自分のペニスを押さえながら、死にたくなるほどの後悔と自己嫌悪に襲われていた。あぁ……俺はクソだな……死ねばいいのに……明日サーフィン中、サメにでも食われればいいんだ……。彼は最後まで抗おうとした、抗おうとしたのだ。しかし目の前で好きな人が『チクニ―』しているのを見せられて、我慢できるほど大人ではなかった。や、やべぇ……エリスの指と乳首が触れる瞬間が、目に焼き付いて離れねぇ――。
 「すまねぇ、エリス……俺は最低の人間だ……たぶん近いうちに死ぬわ……」
 「えぇぇぇっ!?」彼の衝撃的な発言に、仰天して飛び起きるエリス。「カイト! 冗談でもそんなこと言わないでよ!」
 「――冗談じゃねぇんだっ!」カイトの目から涙が飛び散るのが見える。「俺は性欲にすら勝てねぇクソ野郎だ! 今だって君のこと『オカズ』にしてチンコ弄って、無意味に射精しちまったんだ! もう君に合わせる顔がねぇよ……相応しい男にもなれねぇ……」
 「へっ? それだけ?」エリスがキョトンとしている。「性欲って睡眠欲や食欲と同じ『生理的欲求』だって学校で習ったよ? 打ち勝たなきゃいけないものなの? 負けるのは悪いことなの?」カイトが無言だったので、そのままエリスが説得を続ける。「僕はそうは思わないよ? 君が生きるために必要なことなら、とても大切なことだって思う!」
 「けど俺は、これまでも君のことをエロイ目で見て、頭んなかで『ひでぇこと』いっぱいしたんだ……君のこと『道具』みたいに扱って、何度も何度もオナニーし――」
 「――してもいいよ!」
 カイトが目元を手で隠しながら、懺悔の気持ちを告白していたときだった。相手から信じられないような返答があった気がして、彼は我が耳を疑いながらスマホの画面をゆっくり見上げた。えっ、今何て……。
 「僕のこと『使って』もいいよ、カイト……」エリスが切なそうな顔で訴えかけている。「君の役に立ててるんなら、僕嬉しいし……それに、自由に空想する権利は、誰にでもあると思うから……」や、やめてくれ……そんな優しすぎること言われたら……俺甘えちまう……君が『綺麗』であればあるほど、罪悪感が強くなるんだよ!「ほらっ見て――」次に画面に映ったものを見て、カイトは己の目までも疑った。
 「さっき少し乳首を触っただけなのにね……僕のおチンチンも、こんなになっちゃったんだ……」画面の向こう側で、エリスがパジャマのスラックスと下のドロワーズを擦り下げていた。そこから反り返った彼のマイクロペニスが、トクントクンと脈動しているのが見える。陰毛は皆無で、亀頭の膨らみもほとんどない。全体が白い包皮に包まれているが、先端からピンク色の亀頭が少しだけ顔をのぞかせているのだ。
 「ねぇカイト……何だか僕も『エッチな気分(feeling naughty)』になっちゃった……」エリスがスマホをベッドのヘッドボードの上に立て掛けて、下の服も完全に脱いでいく。やがて生まれたまんまの姿になった彼は、四つん這いになってスマホのインカメラを見上げてこう言うのだ。「僕と一緒に……オナニー、しない?」
 「す……」カイトの答えは決まっていた。今やっと、彼の望みが成就するのだ。「する! したい! 君と『エッチ』したい!」
 「ふふっ、それじゃあ始めるね」自分よりも幼い子供のように、目をキラキラさせて元気を取り戻したカイトを見て、嬉しそうに微笑んだエリスは、そのまま前屈みで膝立ちになってから、両手の人差し指でそれぞれ右と左の乳首を弄っていく――バチバチィッ! 途端に全身を突き抜け始める快楽。「んあっ!」喘ぎ声が我慢できない。き、気持ちいい……ダメだ……僕これ途中でやめられないかも――。「カイ……ト……どう……? 気持ちい……?」
 「あっあぁ……気持ちいいよ……エリスッ! エリスッ!」画面を見つめながら、夢中でペニスをしごくカイトは、この瞬間まるで自分が、世界の王様になったような幸福感に包まれていた。さ、最高すぎる……俺はこんなにも不甲斐ないやつで、君から遠く離れた場所にいるのに……今君の『初体験』は俺のものになったんだ……俺だけのものに!「君は――はっくっ――気持ちいいかい?」
 「うっ――うわっんっ――うん……とっても――ふにゃんっ――気持ちいよ」エリスが乳首をこねるたびに、その強烈な快感は脳と股間を直撃する。生まれて初めて、自分の手で生み出している快感……今や彼の理性も完全に吹き飛んでいた。「ぼ、ぼきゅのちきゅび……つぶつぶがカチカチににゃって……そりぇをクリクリってすりゅと――いにゃっんっ――おチンチンも……ビクビクって――あっあっあっ――」
 慣れない刺激から、すぐ絶頂しそうになるエリスだったが、ペニスを直接弄っているわけではなかったので、絶頂の手前で快感が減退してしまう。それに彼は生まれながらに精巣を持っていないので、精子はおろかカウパー液すら生成されず、ペニスは乾いたまま上下にピクンピクン震えているだけだった。
 カイト「エリス……イッちゃった?(Did you just cum?)」
 エリス「行く……? 行くってどこへ?(Come…? Come where?)」
 カイト「天国へ……だよ……つまり、性行為で絶頂すること……」
 エリス「あっ、なるほど……えっとね……イきそうだったけど……ダメだったみたい……ごめんね、僕『半人前』だから」
 カイト「乳首……もしあれなら、爪で引っ掻いてみて……」
 「わ、分かった……」エリスは言われた通り、今度は爪を立てて乳首を弄ってみた。すると――。「はっんんっ――い、イイよっ……これすっごくイイッ!」意識が飛びそうなほどの刺激に、彼の快楽ゲージはまたすぐに溜まっていく。「か、カイトォ……これじゃ、僕すぐイッちゃっうかも……」
 カイト「うん、俺も……もうすぐイきそう……一緒に、イこう!」
 エリス「カイトォ、カイトォ……」
 カイト「ぐっ――えっ、エリスッ……」
 パチッ! 二人がオーガズムを迎えようとしていた寸前、彼らのスマホの画面が暗くなって、相手の声も聞こえなくなった。えっ? カイトっ!? どうしちゃ――。戸惑いはあったが、エリスはもう途中で引き返せないところまで来ていた。とめどない快楽に抗う術がない。ダメッ! いっ、イくっ――。「あっ、あっ、はっ」彼は天井を仰ぎ見たまま、だらしなく口を開いて絶頂を味わってから、そのままベッドの上に後ろ向きで倒れ込んで、余韻に浸りながら荒く呼吸を繰り返す。
 や……やっちゃった……僕オナニーしちゃったんだ……。初めて味わった性行為による絶頂。脳内で複数の報酬系・感情系・自律神経系が一気にピークを迎える強力な現象を、ついにエリスも知ってしまったのだ。き、気持ちよかった……どうしよう……またやっちゃうかも……。途方もない疲労感が襲ってくる。そのまま目を閉じて眠りたい気もするが、先ほどの謎の通信切断も気になるし、何よりカイトのことが気掛かりだったので、彼はグッタリと身体を起こして、ヘッドボードに載ったスマホを取りに行った。
 スマホの画面には赤いポップアップが表示されており、こんな文章を伝えていた。

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 頭がボーッとしているエリスは、このメッセージの意味が全然理解できなかったが、続いてSMSで送られてきたメッセージを見て、状況を完全に悟った。それはカイトからのショート・メッセージだった。
 『すまねぇエリス! 俺たちの『今日の行為』、アプリの監視AIに見つかって、アカウントがバンされちまったかも!』
 えっ? えぇぇっ!? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!
 こんな調子で始まった新シーズン。開始早々『初体験』の連鎖に巻き込まれるエリス。彼の次なる青春の物語は、いったいどこへ向かうのだろうか?

第二十六章 – 青春時代② 高校生活 Ep.14:もうオナニーなんてしないっ!

 ど、どどどどしよう! あのアプリは友達との連絡手段の要なのに! あたふたしながら、すっぽんぽんのまま部屋を歩き回る美少年がいる。彼の名前は『エリス』。ついさっき初めてオーガズムを体験したばかりの高校生だ。
 彼は前日の疲れを癒すため、日曜の半日を自室でゴロゴロしながら、友達とのビデオ電話を楽しんでいたのだが、ひょんなことから相手とビデオ・セックスしてしまい、それが原因で通話アプリのアカウントが凍結されてしまったのだった。社交的な高校生にとって、これは一大事である。それでは、彼の日曜日の続きを見ていこう!

エリスの高校休日⑩ もうオナニーなんてしないっ!

 シャリーンッ! エリスの慌てようを見越したかのように、SMSの通知音が鳴る。カイトから続けざまにメッセージが届いたのだ。『本当にすまねぇエリス! 今回の件は、全面的に俺のせいだ! とりあえず、新しいアプリのアカウント作って、そっち移ろう! このままSMSで連絡してたら、通信費やばくなりそう!』
 続けてこんなメッセージが送られてくる。『LinKon(リンコン)ってアプリが評判いいから、これにしよう! 他にもUnbanned Talkってアプリも評判いいけど(滅多なことじゃバンされないらしい!)、これに移ったらあからさますぎて、他の友達に邪推されそうだよね(笑) というわけで、LinKonのアカウント作ってて! あとで俺のID送るわ! それと』
 四通目のメッセージが届く。『今日は本当にありがとう! やっぱ俺、君一筋だぜ、エリス♡』
 「も、もう……カイトったら……」エリスが呆れたように、でも嬉しそうに笑う。今日の一件で、失ったものは多いかもしれないが、カイトを元気づけられたという一点において、エリスは満足していた。あと、オナニーはすっごく気持ちよかった(恥)。
 *
 それからエリスは、裸のまま突っ立ってスマホを操作していき、新しいアプリのインストールとアカウントの作成を行った。するとちょうどカイトから五通目のメッセが来て、彼をフレンド追加することができたので、ひとまず安心してベッドに座り込む。はぁ……これから友達みんなに連絡して、新しいアプリに移ったこと知らせないといけないんだ……気が重いな……何て説明すればいいんだろう……。
 ふとエリスが時計を見ると、時刻は午後3時を回ったところだった。カイトのいる日本は午後11時である。もういいや……今日は考えないことにして、明日頑張ろっと……学校の友達には明日直接会って、説明すればいいよね? もう正直に言っちゃおっかな……友達とエッチなことしちゃったって……あぁダメだ! とても言えない! ソフィーにもキアラにも言える気がしない! じゃあ嘘つくの? うわぁぁぁぁ嫌だぁぁぁぁぁ!
 ポニュンッ♪ 新しいアプリの通知音がして、またカイトからメッセが届く。『迷惑かけてごめん。もう君にこんな思いさせないようにするよ。反省の気持ちじゃないけど、しばらくはビデオ通話は控えよう? それじゃ、俺もう寝るよ。おやすみ』通話が途切れてからというもの、まだ一度もエリスからメッセを送ってなかったので、カイトは彼が怒っていると勘違いしたのかもしれない。そのメッセを読みながらエリスは、彼との仲が進展したのか後退したのか分からなくなって、すごく悲しい気持ちになった。すぐさま自分の気持ちを伝えるエリス。
 『ううん。エッチなこと、直接誘っちゃったのは僕の方だから、気にしないで。反省が必要なのは、僕の方だよ。それじゃ、おやすみ』
 そんなメッセを送信したはいいが、全く心が軽くならないのは、やっぱり本心では少し怒っていたからかもしれない。そう意識するほど、沸々と怒りと悔しさが込み上げてくるのだ。エリスはベッドにうつ伏せで倒れ込み、枕をガンガン頭突きすることで、珍しくやり場のない感情を物にぶつけて解消していた(サマー・スクールの筋トレ器具以来)。
 どうして、どうしてっ! 電話でエッチなことしちゃいけないの!? エッチなことってそんなにいけないの!? 子供を産むために必要なことなんじゃないの!? でもダメなんだ! 現にあのアプリ上ではやっちゃダメだったんだ! もうっ、どうして僕は知らなかったんだ! カイトは? カイトは知ってたんじゃないの!? だったら教えてほしかったよっ!
 彼を責めてもどうしようもないことは分かっていた。ふっと頭のなかで、先ほど涙を流していたカイトの姿が浮かんできて、自分の考えを改めるエリス。そうだ……カイトだって葛藤してたんだ……分かっていても制御できないのが性欲なんだ……それなのに、僕は――。

 ただ一つ言えることは、『性行為』なんてありふれたものだということだ。知らないだけで、実に多くの人が日常的に行っているものである。完全に『無性欲』な人間などそうそうおらず、仮に『アセクシュアル(無性愛者)』と呼ばれる『他者に対しては性欲が湧かない』タイプであっても、自分自身を愛するという意味で自慰行為を行ったりしているのだ。
 にもかかわらず、社会は性的なものを悪と捉えて、隠したがる風潮がある。例えば映画のレイティング・システムなどもそうだ。人体が切断されたり、過激な暴力描写を行うものでさえ15歳や16歳以上から見られてしまうのに対し、性的リアリティを持ったものは漏れなく成人向け(R-18)指定されてしまう。
 全くバカバカしい判定の仕方である。実際、戦争に出兵したり、猟奇的な事件に巻き込まれでもしない限り、そんな暴力的な『リアル』に遭遇することなどありはしない。対して『性のリアル』に関しては、多くの国で初体験の平均年齢は16歳前後であり、自慰行為ともなればもっとずっと低いだろう。本当に重要なのは、『人や動物の尊厳が守られているか?』である。合意の上のセックスは数多あれど、合意の上の殺人などあるはずもない(尊厳死や自殺ほう助、安楽死は別として)。
 あれっ? どうしてこんなことを書いているんだ私は? エリスの感じている遣る瀬なさに影響されたのかもしれない。とにもかくにも、この世界はモヤモヤすることが多すぎるのだ。本当に大切なことを履き違えていたり、真に守られるべきものが踏みにじられていたりするよう思えてならないのである。
 とは言え、一人の発言には世界を変えるだけの力などない。私がコントロールできるのは『この世界』だけである。だから言いたいことは全てこの世界にぶつけるのである。私は『良い創造主』になれるだろうか? それはこの物語が完結したときに明らかとなるだろう。さて、そろそろ彼の『記念すべき日曜日』の様子に戻ろう。

 枕から顔を上げたエリスは、そのまま横向きで寝転がって、少し目を閉じて休むことにした。はぁ……何だか今日は疲れたな……ほとんど何もしてないのに……。奪われた視界のなか、真っ先に浮かんでくる情景はやはり、先ほど画面越しに見たカイトの自慰する姿だった。あんまりよく見えなかったけど……カイトのおチンチン大きかったな……あんなふうに手全体で握って、上下に動かすんだ……いつもああやってオナニーしてるのかな……僕のこと考えてくれながら……。
 それにしても……さっきの気持ちよかったな……みんなもしてるのかな……テムバも? ソフィーも? キアラも? ニコも? だ、ダニエルもしてるのかな……? な、何となくだけど……ソフィーはしてなさそう……。もし今日のこと正直に言ったら、みんな僕のこと嫌いになるかな……きっと嫌いになるよね……あっでも、エミリーになら話せるかも……彼女なら笑って聞いてくれそう……。
 一度寝返りを打った彼は、ペニスが太ももの付け根に当たり、乳首が内肘のところに触れるのを感じて、ようやく自分が裸のままであることを意識し始めた。そ、そう言えば……裸のままベッドで寝ているのって初めてかも……何だか変な感じ……変な……。意識し出した途端、両乳首がジンッと敏感になって、小っちゃなペニスがムクムクと固くなっていく。だ、ダメっ! またエッチな気分に……ど、どうしよう! どうしよう!
 とっさに下を向いて、自分の身体がどういう状態になっているのかを確認したエリスは、目の前で物欲しそうにピクンッピクンッと跳ねている自分の雄しべを見て、誘惑に駆られたよう喉を鳴らす。ご、ゴクリ――。お、おチンチン……苦しそうで、切なそう……もしこの状態のまま触ったら、いったいどんな感じなんだろう……乳首よりも、気持ちいのかな――。
 無意識に雄しべに向かって伸びていく手。彼が左手の指でそれを掴もうとした瞬間、スマホの着信音が鳴って、彼は頭上にあるスマホを見上げる。その着信音は幼馴染の『ニコラ』からの発信を通知していた。に、ニコッ? どうしたんだろう? 遊びのお誘いかな? それとも緊急の連絡? 何かあって助けが必要とか? と、とにかく出なきゃ――。
 頭ではそう分かっているはずなのだが、彼が掴んでいたのは自分の雄しべだった。バチィィィィィンッ! 抗いがたいほどの強烈な快楽が襲ってくる!「うあっんっあぁぁぁっ!」右手で乳首も刺激しながら、夢中に雄しべをしごいていく。「気持ちっ、気持ちいよおぉぉぉ!」彼の手つきは一瞬で手慣れたものとなり、彼が雄しべの皮を剥いたり被せたりし始めると、クチュクチュという音が聞こえてきて、先ほどは出なかったカウパー液がどんどん溢れてくるのだった。
 手が不思議な液体でびしょ濡れになっていても、エリスには気にしていられる余裕はなかった。ニコラからの着信はまだ続いている。「ごめっ――んあっん――ごめんよニコォ! 僕今忙しいからぁ――はぅっあっ――電話はぁ――いやっ、んんっ――出られないんだぁ――はっにゃっ」しごく手を右手に変えて、びしょ濡れになった左手を掲げて見つめる彼は、その透明の液体を指ごと口に入れて舐め回して、それから唾液をたっぷり含ませた指を使って、左の乳首をこねくり回していく。
 ダメだ……僕おかしくなってる……こんなの僕じゃないみたい……ち、違うんだよみんな! 身体が勝手に……見ないで! こんな僕見ないで! そこでようやくニコラからの着信が途切れる。エリスは安心したような、どこか残念でもあるような気持ちのまま、行為を続けていく。露出した亀頭に親指をクニクニを押し付けると、痛いくらいの刺激が飛んできて、気絶しそうになった。もう理性の欠片も残っていなかった。
 もしかしたら、これが僕なのかも……知らなかっただけで、本当はすごくエッチな子だったんだ……。ふと視線を下に向けて、部屋の片隅でスタンドに載っているエレキベースを見つめる彼は、錯乱状態になったような、とんでもないことを口にし始める。「フロスティ! 見て! 僕のエッチな姿、見てぇぇぇぇ!」
 フロスティ『……』彼はさっきエリスがカイトとの電話中、服を脱ぎ始めたあたりからショックで気を失っている。
 エリスが叫ぶ。「誰でもいい! 僕を見てぇぇぇ! カイト! テムバ! ソフィー! キアラ! ニコ! ダニエルゥゥゥゥ!」絶頂間近で快楽に狂う彼は、階下から急いで上がってくる二人分の足音には気づかなかった。「みんな見てっ! 僕はエッチな子なんだ! イくっ! イくぅっ! イ――」
 「――大丈夫かい!? エリス!」
 突如として彼の部屋のドアが開き、彼は心臓が凍り付くほどビックリしながら、涙で濡れた目を見開いて、顔を横に向けてドアの方を見た。するとそこには父親の『サミュエル』と幼馴染ニコラが、同じように幽霊でも見たような顔をして立っている。えっ、お父さん……ニコ……どうし――。
 「いやっ! 見ないで二人と――あっ、イッ……グッ……あぁぁぁぁっ!」ビクンッ、ビクンッと大きく痙攣を繰り返す彼の身体。初めて雄しべのピストン運動で達した感覚は強烈だった。それも極めて近しい間柄の人間二人に見られながらの絶頂である。エリスはやめなきゃいけないと分かっていても、指の動きを止めることができなかった。きっとこれは夢だっ! 夢なんだ! 誰かそうだって言ってよ!
 彼は身体を反らせたまま最後のひとしごきを行って、甘い蜜の最後のひと掬いまで味わってから、安らかな表情になってドサッとベッドに倒れ込んだ。彼の雄しべから透明の粘液がドロッと流れ出てくる……。あぁ……今の……すごかった……何でだろ……お父さんとニコのことが見えた気がしたけど……きっと気のせいだよね……こんなところ見られて、まだ大騒ぎになってないのはおかしいもん……やっぱり夢だったんだ……。彼がドアの方へ首を捻ると、まだそこには二人が突っ立っている。顔を凍り付かせたまま――。
 カァァァァァァァァァァァ。エリスの顔が真っ赤っかになり、想像を絶する羞恥心が襲ってくる!「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」彼の大絶叫が家中に響く。幸い今日は、他の家族は出掛けているようで、彼の醜態を目撃する人間はこれ以上増えなかった。彼は胸と股間を手で隠しながら「お父さん、ニコ! ち、違うの! これはっ!」と状況を取り繕おうとするも、もはや弁解の余地があるレベルを遥かに超えていた。
 父サミュエルが気まずそうに「ゴホンッ」と咳払いしてから、同じように赤面してこう続ける。「ま、まぁ、エリスも『年ごろ』だしね? 『そういうこと』したいときも、あるんだろうね? なぁに健全さ。いつの時代もそうやって子供というのは、親の知らぬ間に大人になっていくんだから……と、ともかく、邪魔して悪かったね――行こうか、ニコラ君」そう言って去っていこうとする父と親友。えっ? えぇっ!? えぇぇぇぇっ!?
 「待ってお父さんっ! ニコォ!」エリスが裸のまま二人に縋りつき、引き留めようとする。「お願いっ! このまま行かないで! 行かれたら僕、恥ずかしくって死んじゃうっ!」彼の雄しべがブランブランと揺れて、粘っこい涙がツーッと床に垂れ落ちていく。親友のそんな姿を横目で見ながら、ニコラは辛そうに顔を歪ませて震えているだけだ。
 「わ、分かったからエリス。とりあえず服を着なさい!」父が戸惑いを隠すよう、語気を強めてそう命じる。そして彼は、一つ大きな息を吐いてから、静かにこう言うのだ。「お父さんたちこれまで、お前には『そういうこと』について全く教えてこなかったね? すごく悪いと思ってるよ。だから服を着たらすぐ一階に来なさい。一度ちゃんと話をしようね?」
 そう言われた彼は、「は、はい……」と言って立ち上がり、二人が階段を下りていくのを見送ってから、自室のドアを閉じた。顔面を蒼白にしながらベッドまで歩いていった彼は、脱ぎ散らかした服を手に取って見つめながら、気が狂ったように笑い出す。「アハッ、アハハハハハハハッ――」かと思えば今度は、泣きそうな顔になりながら床に崩れ落ちる彼。お、終わった……僕の人生は終わった……。
 うひゃぁぁぁぁ、何であんなことしちゃったんだろう僕はぁぁぁぁぁぁぁぁ! あぁもう消えたい、消えてしまいたい……。カイト……君の気持ちがようやく分かったよ……性欲に屈しちゃうと、こんな気分になるんだね……。普通の人なら、子供を作るために必要な大切な営みなのかもしれない……でも僕は違う! 僕は子供を作れないから、オナニーはただ快楽を求めるだけの無意味な行為なんだ!
 さっき僕は自分のことしか考えてなかった! 自分が気持ちよくなるためだけに、周りの全てを利用しようとしていた! 最低だっ! 最低だっ! ごめんフロスティ! ごめんカイト! ごめんテムバ! ごめんソフィー! ごめんキアラ! ごめんニコ! ごめん……ダニエル……。自分のなかにあんな酷い一面があったなんて……大っ嫌いだっ! あんな僕っ!
 今日は僕、二回も快楽に屈しちゃって、そのたび何か悪いことが起こったんだ……。通話アプリのアカウントを失っちゃったし……もしかしたら、これからお父さんに叱られるかも……それにニコには嫌われて、もう一生口も利いてもらえないかも……。そう、僕はオナニーしちゃいけないんだっ! もうこれ以上、大切なものを失わないために! そうだ! 決めたっ! 僕は――。
 もうオナニーなんてしないっ!

番外編⑥ ニコラの好きな人

 その日ニコラは、スマホのAIに手伝ってもらいながら、午前中は苦手な化学や数学の問題を解いたり(スイスの学校に宿題はないので、これは自主的な復習勉強)、たまに気晴らしにSNSを見たり、午後はPS5(結婚して家を出た兄が置いていった物)を起動して、『Far Cry 7』で遊んだりしながら過ごしていた。
 「あー、ゲームも飽きたな。久しぶりにエリーの家にでも遊びにいっか?」その日彼がエリスの家を訪れたのは、そんな軽い気持ちからだった。まず彼はいつものアプリでエリスに事前連絡をしようとするも、親友とのトーク画面が見当たらない。はんっ? どういうことだ? 知らぬ間にフレンドが外れているのかと思い、彼はユーザー検索画面で『ID』からアカウントを探そうとするが、それでも見当たらない(エリスのユーザーIDは『ELLIS0707』)。
 おいエリー。まさか俺のことブロックしたわけじゃ……って、そんなわけないよな? あいつ誰かをブロックしたりしないだろうし、俺たち親友だし――。「まいっか? 直接家行ってみて、都合悪そうなら帰ってくれば――」そうしてニコラは自宅を後にした。
 エリスとニコラの家は、歩いてほんの1分の距離にあった。早々に親友宅の前に着いた彼は、そのままインターフォンを押そうと思ったが、やはり何か気が引ける気もしたので(友達の家族と接触するのってなぜか避けたいよね)、やはり事前に連絡を入れてみるかと、普段ほとんど使わない『通常の電話アプリ』から親友に向けて発信してみることにした。「プルルル、プルルル、プルルル」呼び出し音が何度鳴っても、親友の声が聞こえてくることはなかった。
 「しゃーなしだな――」どこぞの魔装少女みたいなセリフを吐いて、インターフォンを押すニコラ。するとすぐに親友の父親が玄関戸を開けて、応対してくれる。
 「おや? 誰かと思えば、ニコラ君。やぁこんにちは。遊びに来たのかい?」ニコラが頷くと、相手は「さぁどうぞ入って」とすんなり家の中へと招いてくれる。そのまま親友の父親に付いて家の奥へ進んでいくと、微かに親友の声が耳に届くが、何を言っているのかまでは聞こえない。そんななか父親がこんなことを話す。「いや~君が来てくれてちょうどよかったよ。エリスは昨日の疲れからか、今日は軽く朝食を食べたっきり、ずっと部屋に籠りっぱなしなんだ――」二人が階段に差し掛かった瞬間、階上からエリスの尋常ならざる叫び声が聞こえてきてくる。
 「誰でもいい! 僕を見てぇぇぇ! 以下略」
 音量こそそれほどでもないが、その声色は彼らの知るエリスからはかけ離れたものだった。二人は驚きで顔を見合わせたあと、すぐさま彼の容態を確認すべく二階へと駆け上がった。そして扉は開かれる――。
 えっ……何これ……エリー……何して……。ニコラは目の前で起こっている現象が信じられなかった。まるでビッグバンとか超新星とかブラックホールとか、そういうレベルの現象を目の当たりにしている気分だった。その存在自体、何となく頭で理解しているつもりではあるが、実際に経験として自分の目で見たことはないような、とてつもないスケールの現象……。え、エリー、オナニーしてんのか――。
 「いやっ! 見ないで二人と――あっ、イッ……グッ……あぁぁぁぁっ!」
 目の前で果てていく親友の、見たこともないほど乱れ切った姿。う、嘘だろこんなん……夢だよな? 夢にきまってら……。なぁエリー? お前そんなことゼッテェしないだろ? クソッ! 何なんだよこれっ!
 *
 その後、服を着て呆然とした顔で一階に下りてきた親友。彼は生気のない目で父親とニコラを一度ずつ見て、「変なところ見せちゃって、ごめんなさい」と謝る。それから彼は父親と話をするとのことだったので、ニコラは一人エリスの部屋で待っていることになった。彼はガックリと親友のデスクチェアに座ってから、目の前のグチャグチャに乱れたベッドや、謎の水滴で濡れたシーツや床に目を向けていく。
 なぁエリー……お前、いつもこんなことしてたのか……? あのベッドの上で……好きなやつの名前でも叫びながら……? それって誰だ……? ソフィーか……? まさかな……じゃあキアラか……? 最近バンドで仲良さそうだったもんな……あぁ、それともテムバか……? 一番あり得るかもな……サマー・スクール中にキスしてたし……。それとも、単に自分自身に興奮してたのか……? それもあり得るな……お前レベルの美人ならな……。
 いやチゲェな……しっくり来ねぇ……どれもお前のイメージとは違いすぎる……。だとしたら、あれが初めてだったとか……? 初めてであんな激しい手つきと乱れ方ってあんのか……? 分かんねぇ、分かんねぇよ……。そのときニコラはベッドのヘッドボードに載っている親友のスマホに気づいて、ふと自分のスマホからもう一度親友のスマホに向けて発信してみた。
 チャラ~、チャラチャ~ララ~♪ すると親友のスマホが『ボヘミアン・ラプソディー』のメロディーを奏で始め、ニコラは苦笑いして発信を中断する。バッカだなアイツ……俺の着メロ、よりによってあの曲かよ……カラオケ・ナイトのとき聴いててくれたんだな……。で何だ……? お前、俺の着信無視してオナッてたってわけかよ……あのベッドの上で……自分の身体グチャグチャに弄り倒して、悦がってたわけかよ! クソ――。
 ニコラは腰のベルトを外して、そのままズボンとアンダーパンツを擦り下げてから、上に着ている服を全部脱いで、親友のベッドに飛び込んだ。「エリー! エリー!」親友の匂いがたっぷり沁みついた枕に顔を埋めながら、その彼がさっきまで卑猥な運動でいろんな液体をまき散らしていたシーツの上に、己のイチモツを擦り付けていく。「エリー! 好きだっ! 好きだエリー!」
 *
 エリスと父親との話し合いが終わった。別に『お説教』というほどのものではなかったが、男性器の役割や、性欲の意味、人間の性交渉のやり方や、自慰行為のやり方など、もうエリスが知ってしまっているようなことを改まって説明されただけだった。
 それから、どういう経緯でああなったのか正直に話すことになり、エリスはカイトとのビデオ・セックスや、それにより凍結されたアプリのアカウントのこと、その不安とストレスから逃げたくて思わず自慰してしまったことを、恥ずかしさと自責の念に苛まれながら父に打ち明けた。
 そして父親は、彼の話を踏まえて次のような助言をしたのだった。

①しばらくスマホの使用は控えること
②これからムラムラすることがあるかもしれないが、自慰行為は一日一回までにして、そのときも大声を出したりはしないこと
③絶頂を迎えた後、独特の後悔や罪悪感に襲われることもあるかもしれないが、あまり気にしすぎないこと

 「分かったね、エリス?」父が優しく諭すようにそう言うも、エリスは「はい……」と意気消沈したまま小さく返事するだけだった。「今日君がしたことは、悪いことなんかじゃないんだ。だからあまり自分を責めちゃいけないよ? 嫌いになっちゃいけないよ? もちろんお父さんだって君を嫌いになんかならない。ずっと愛してるよ、エリス」そんな彼を気遣ってか、普段にも増して優しい言葉を掛ける父だったが、息子は「はい……」と同じ返事を繰り返すだけだった。
 落ち込んだまま自室への階段を上っていくエリスは、上でニコラが待っていることなど完全に忘れていた。ただ心のなかで自分を許そうと必死だった。でもそう簡単には許せそうもなかった。ごめんなさい、お父さん……僕もう、ダメかもしれない……。ガチャリと部屋の扉を開くと、ニコラが自分のベッドに横たわって、スマホを弄りながらくつろいでいるのが見えた。あっ、そういえばニコが来てたんだった……あれっ? 僕の部屋、何だか綺麗に片付いてる……?
 『ようやく来たか』と言わんばかりに、上体を起こしたニコラが笑って告げる。
 「よーっす『ヘンタイ』さん! 遊ぼうぜ!」

第二十七章 – 青春時代② 高校生活 Ep.15:Help me,ÉMILIIIIIIE!! たすけてえみりー!!

エリスの高校生活⑬ 僕は……OKじゃない

 次の日の月曜日。エリスは呆然と学校へ通い、呆然と授業を受け、呆然と休み時間に廊下を歩いていた。さんざんな出来事ばかりだった昨日という日が、彼の心に大ダメージを与えていて、それがまだまだ癒えていなかったのだ。
 あの日あの後、ニコラと2時間ほど部屋で過ごした彼は、ニコラに部屋の片づけをしてくれたことのお礼を言って、電話に出なかったことを謝って、どうしてああなったのかの経緯も説明して、精神的な助けを求めると同時に、自らにさらなる罰を与えたのだった。
 ニコラは全てを黙って聞き終えた後に、事もなげに笑ってこう励ましてくれた。「アプリのことは任せとけ! 俺の方からみんなに連絡して、お前が新しいアプリに移ったことと、そのIDはコレだってことを知らせてやるよ! なぁに心配すんな! 理由はテキトーにでっち上げるさ!」
 エリスは「ありがとう……」と消え入りそうな声で言ってから、その後ニコラが一斉連絡のメッセージを考えて、それを送信する様を生気のない目で見守っていた。結局その『理由』としては、エリスのアカウントが何者かに『乗っ取られた』ので、運営に連絡して削除してもらった、という筋書きになった。
 「これでよしっ!」ニコラが一斉送信し終えてからものの数分後、エリスのスマホにはたくさんの友達申請が届いた。彼はそれを片っ端から受諾していって、新しいプラットフォームに元の『友達の輪』を再構築していった。その過程、自分を心配してくれるメッセもたくさん届いて、その度彼は『迷惑かけてごめんね』という趣旨のメッセを返信した。
 これで一件落着! あとは月曜日、彼が元気に学校に登校して、友達みんなに『もー、ハッカーさんには困っちゃうよー! テヘペロッ!』とか言って誤魔化せば万事解決であるが、もちろん彼にそんなことができるはずもなく、月曜当日は悲惨な幕開けとなる。
 「春祭りすごかったね! 私感動しちゃった!」
 「アプリの件大変だったね? もう復旧できた?」
 登校早々、たくさんの友達が彼に声を掛けてくれたが、彼はぎこちない笑顔で「うん、ありがとう」とか「うん、大丈夫」などとテンプレ返答を繰り返すだけだった。学校の誰にとっても、あんな暗い顔したエリスを見るのは初めてだったし、そんな彼の態度が如実にこう語っているのを、彼らはひしひしと感じていた。『何か重大なことがあった』のだと……。

 ここで久しぶりに、心理学の話をしよう。皆さんは交流分析における『OK牧場』という概念をご存じだろうか? これはその人の人間関係に対するスタンス(立場)を、以下の4つに分類するモデルである。

①私はOK、あなたもOK(健康的・対等)
②私はOK、あなたはOKじゃない(傲慢・支配的)
③私はOKじゃない、あなたはOK(自己否定、従属)
④私はOKじゃない、あなたもOKじゃない(無気力・絶望)

 ここで言う『OK』とは『価値がある』『存在を認めている』という意味であり、当然①が理想的な状態を表している。多くの心理学者は、人は生まれながらに①のスタンスを持っていると主張しており、言わずもがなエリスもずっと①であり続けてきた。
 しかし今現在の彼は③である。それも重度の③である。これらのスタンスは後天的なものなので、誰もが日々自分のスタンスを変化させながら生きているのであるが、その大枠は幼少期~青年期にかけての、以下のような経験のなかで無意識に形成されていく。

・親や大人からの態度(どう愛されたか、どう躾られたか、どの程度自主性を重んじられたか)
・学校での評価・友人関係(いじめは最悪)
・成功・失敗体験(どちらも必要だが、割合として3:1くらいが理想)
・褒められる基準や許される境界線(これも他者評価を測る物差し)
・怒られ方、否定のされ方(これは自己よりも他者への信頼感に直結)

 エリスの場合、これらの諸条件は概ね良好――いや、率直に言うなら『ほぼ完璧』である。よって彼が①であるのは必然で、そのスタンスは揺るぎないものだと思われるかもしれない。しかし実際は違う。それはこの世界の構造上の歪みから来る『脆さ』である。つまり、『完璧』は絶対に存在しないということである。
 『ほぼ完璧』な人生を歩んでいる人間の唯一の弱点は、この『完璧は存在しない』という命題が真であると理解することが、極めて困難であるということだ。そう彼らの心のなかには、無意識下で形成される『完璧主義』という魔物が潜んでいるのである。
 特にエリスは自己に対する『ある種の完璧主義』が尋常ではない。それは『他者は大切だ。だから思いやらねばならない。優しくせねばならない』という強すぎる信念である。この信念は反動として次のような信念も生み出す。『自己は大切だ。他者を思いやれるから大切だ。優しくできるから大切だ』
 そんな彼だったから昨日、初めて現れた『自分のことしか考えていない自分』の存在が、相当堪えたのである。セルフイメージが崩壊し、スタンスは著しく③に振れてしまったのである。今だって彼は、『友達に嘘をついている自分』や『元気に応答できない自分』を受け入れられず、絶望に近い感情を抱いている。言うなれば悪循環、負のスパイラルに嵌まっているのだ。
 かく言う私のスタンスは、基本的に④、ときどき③、さらにときどき②である……すみません……酷い人間で、すみません……。もしあなたが①以外を経験したことがないのであれば、それはすごくラッキーなことである。どうかその心を大切にしていただきたい。そして私みたいな『健康的でない人間』に代わって、世界をより良くしていただきたい。
 さて、少し余談が過ぎたようだ。これからエリスが①に戻れるよう願って、物語の続きを見ていこうではないか。

 3時間目の授業が終わった後も、やはり彼は呆然と廊下を歩いていた。先ほど1時間目の後にはキアラが、2時間目の後にはソフィーが彼の様子を見にきてくれたのだが、彼は心を閉ざしたまま、『自動運転(オート・パイロット)モード』で話をするだけだった。そんなことしてたら状況が悪化するだけだと分かっていたが、どうしてもどうしても、元気が出なかった。
 「エーリスッ!」そんなとき、強く背中を叩かれて彼が振り返ると、今日も元気いっぱいの空手少女『エミリー』が笑って立っていた。よっ、エミリー! スイス一(イチ)! もうどうにかしてくれエミリー! 本作には君以上の『コミックリリーフ』役はいないんだぁぁぁぁ――おっと失敬っ、私は引っ込みます……。
 「やぁエミリー……」ドンヨリどよんとドンドンドーン! エリスが雷鳴すら聞こえてきそうなド曇天な笑顔で迎え撃つ。とても主人公の顔とは思えない……。
 「みんな心配してるよ? エリスが元気ないって。何かあったの? エミリーちゃんに話してクレメンス? 元気を出してクレメンタイン?」オ~・マイ・ダ~リン・クレメンタ~イン♪ 彼女自身もエリスの心が重症だと先刻承知だったようだ。いつも以上に『力業』でゴリ押してくる。それにしてもあのセリフ……何という『人名密度』だ……。
 エリス「心配かけてごめんね……ちょっと嫌なことがあっただけなんだ……明日にはたぶん『大丈夫(オーケイ)』になってると思う……だから気にしない――」
 「――だぁ~めっ! 今は大丈夫(オーケイ)じゃないんでしょ? だったら何とかしなきゃじゃん?」エミリーが彼のセリフを遮ると同時に、彼の両肩に手を置いて捲し立てる。「その『ちょっと嫌なこと』ってアタシにも相談できないこと? 言いにくいこと? ねぇエリス? 『ちょっと』アタシを信じて、『ちょっと』勇気を出して言ってみ? きっとずっと心が軽くなると思――」パシンッ! エミリーの右手が弾かれる。痛っ! えっ、エリス!?
 「いいから、ほっといてよっ!」エリスの怒声が廊下に響く。同じ空間にいた十何人かの生徒は、この極めて稀な事象に対して唖然としながら、いったいあの二人の間に何があったのかと、心配と好奇の目で傍観し始める。ねぇねぇ今の聞いた? 聞いた聞いた! まさかあのエリスがあんな『ザ・ティーンエイジャー』みたいなセリフを吐くなんて……。
 当の彼も自分がしてしまったことに驚いたようで、ハッと我に返った様子でエミリーのことを案じ見る。すると彼女は右手首から血を流しているではないか! さっき彼が左手を振り払ったときに、爪で彼女の手首を切ってしまったのだ。彼はパニックになって、ただただ顔を凍り付かせたまま謝ることしかできない。「ごっ、ごめんエミッ、エミリー……」
 「ん? あぁ平気へいき、こんなのどってことないよ――」彼女は懐から絆創膏を取り出して、それを慣れた手つきで手首に貼ってから、すぐさま傷口を押さえて圧迫止血を行っていく。それから彼女は「念のため手当してくるよ」とその場を後にし、去り際に「エリス? 悩み相談したくなったら、いつでもアタシのとこ来なよ?」と、どこまでも器の大きいところを示した(ちなみにスイスの学校には一般的に保健室はないが、当然ファースト・エイド・キットは常備されており、またスクールナースが常駐しているか、あるいは教員が応急処置訓練を受けていたりする)。
 一方エリスは、またしても自分が信念とは真逆のことをしてしまったことに、言いようのない戸惑いと混乱を感じていた。激しい動悸がしてきて、呼吸が乱れていく。ぼ、僕はもうダメだ……何をしても失敗する……嫌だ……怖い……僕なんか……僕なんか――。
 エミリーが向こう側の廊下の角を曲がろうとしていたとき、彼女の耳に「ドンッ」という鈍い打撃音が届いた。彼女が不思議がって足を止めると、また「ドンッ……ドンッ……」と同じ音が連続して聞こえてくる。彼女が廊下を振り向くと同時に、向こう側にいた女生徒が叫び声を上げる。「エミリーッ! エリスがっ!」
 見ると、先ほど二人が会話していた場所で、エリスが狂ったように壁に頭を打ち付けている! 硬い壁と頭蓋骨が衝突する音が、ここまで届いていたのだ。彼女には分かった――彼はほとんど加減などしていないと! あのバカッ――。エミリーがその長い脚を高速回転させ、大急ぎで彼のもとへ走り出す。
 「エリス! やめろっ! 誰か彼を止めてっ!」彼女が必死に叫ぶも、もう付近にいた男子生徒二人が彼を止めようとしているところだった。そして彼女が現場に駆け付けたときには、エリスは床に押さえつけられて、頭部から出血していて、大暴れしていた。「放して! 放してぇぇ! 僕は悪い子なんだ! もっと罰を与えないと! 痛めつけないといけないんだ! もっと! もっとぉぉぉぉ――」
 パシーンッ! エミリーの平手がエリスの頬を打つ。かと思えばもう一発! パシーンッ! 彼の立場からすれば文字通りこれだった。『二度もぶった! 親父にもぶたれたことないのに!』初めて受けたビンタの衝撃は、彼が冷静さを取り戻すのに充分だった。両頬がジンジンと痛む。「え……エミ……エミ……」
 「ほらっ! これで充分でしょ!?」エミリーが何食わぬ顔で、呼吸を整えながら右手首を圧迫している。エリスをビンタしたことで、またイチから止血し直しになったようだ。「も――はぁ、はぁ――もう一発、打たせないでよ?」
 うん……エミリー……ありが……と――。彼の意識はそこで途切れた。

エリスの高校生活⑭ Help me,ÉMILIIIIIIE!! たすけてえみりー!!

 彼の目が覚めた。知らない天井……知らない匂い……。彼は眼球だけを使って呆然と辺りを見回してから、ゆっくりと上体を起こそうとする。ここは……どこだろう……うっ……頭がクラクラする――。すぐさま隣にいた彼の祖父母がそれに気づいた。「おぉエリス! 大丈夫かい? 大丈夫かい?」
 「おじいちゃん……おばあちゃん……?」エリスは突然、知らない場所で涙を流す祖父母に抱きしめられていた。状況が分からず、ただ素っ頓狂な疑問を口にすることしかできない。「二人ともどうして泣いてるの?」
 「お前が無事だったからじゃよ、エリス……」二人はひと頻りオイオイと泣いた後で、またエリスを寝かしつけるべく、身体を支えて枕の方へと押していく。「さっ、もう少し寝てなさい。あまり頭を動かさないように」されるがまま、また仰向けになるエリス。「具合はどうだぁい? 吐き気や眩暈はあるかぁい?」
 「ちょっとだけ眩暈が……でも大丈夫」エリスはそこで、やっと自分がなぜ『こんな病室』で寝ているのかを思い出した。そ、そうだ……僕、自分で自分のこと……あ~あ、みんなに迷惑かけちゃったな……自分を罰したつもりだったのに……おじいちゃんとおばあちゃんまで傷つけちゃった……。そこで病室に新しい見舞客が来る。
 「エリスッ!」母のエリーズだった。彼女にも学校から連絡があって、普段そんなことはまずないので、急遽ローザンヌの劇場から飛んできたのだった(彼女はパフォーミング・グループのスター)。意識を回復した息子の姿を見て、肩を撫で下ろし、安堵の表情を浮かべるエリーズ。「あぁよかった。よかったわ……」泣き震えながらベッドまで歩いてきて、息子の顔を両手で包み込んで、「もう! 何でこんなことしたの?」と怒りの感情をあらわにする。
 「ごめんなさい……」エリスは質問には答えず、ただ謝罪の言葉を呟くのみだった。先ほどエリーズがもし、『何でこんな馬鹿なことを』などと言っていたなら、エリスは『ごめんなさい……僕バカだから……』と返していたかもしれない。そんな些細な違いであっても、子供の自尊心や自己肯定感に影響を与える分岐点は生まれるのだ。もし子供を育てている親御さんがこれを読んでくれているならば、ぜひそういった『ちょっとした言い方』や伝え方に気を配って、お子さんに接してあげてほしい。誰だって間違いは犯すのだ。
 「エリーズ? サミュエルには連絡したのかぁい? 彼は来るのかぁい?」祖母が母にそう尋ねると、母は「えぇ連絡したわ。けど今回は私が行くから、来なくていいって伝えたの。彼ここのところ忙しいみたいだったから」と答える。それを聞いていたエリスは、少しだけ安心していた。昨日の今日で、これ以上父に迷惑をかけたくなかったからだ。
 *
 それから家族がペチャクチャとお話しているのを聞きながら、彼は目を閉じて休んでいた。ときどき家族が自分に話しかけてきても、彼はあまり受け答えせず、ただジッと心のなかで安らぎを探して彷徨っていた。途中ドクターが検診に来て、これまでの検査結果など踏まえてエリスの状態を診断・説明してくれた。
 どうやら彼が意識を失っていた間に、頭部CTスキャンと縫合処置が行われたようで、幸いCTでは頭蓋骨の骨折、脳出血、脳浮腫などは確認されなかったとのこと。また頭皮の傷は中程度の裂傷が二か所あり、どちらも4針縫って完全に止血されたとのことだった。意識障害は脳震盪によるものらしく、目下命に別状はないとのことだった。
 その後ドクターは家族とともに席を外し、別室で患者の心のケアについて話し合った。今回の怪我が自傷行為によるものだと、学校側から病院側へ連絡がされていたので、ドクターは彼の家族にメンタルヘルス病院の紹介と、『あまり理由を詮索しないであげてください』との助言を行った。
 心身の経過観察のため、その日は夕方いっぱいまで入院することになったエリス。眩暈症状は徐々に良くなっていき、そのうちに上体を起こして家族と会話できるようにもなった。午後3時には遅めのランチとして、母が買ってきてくれたミューズリー・バー(加工穀物やドライフルーツ、ナッツなどが混ざった棒状のシリアル)とブドウを食べ、リンゴジュースを飲んだ。
 少しずつ元気が出てきたので、病院内を徘徊することにしたエリス。この病院はニヨンにある総合病院(GHOL – Nyon Hospital)で、彼も何度も来たことがあるお馴染みの病院ではあったが、来るのはまぁまぁ久しぶりだったので、ちょっとした冒険みたいで楽しかった。
 院内にはいろんな人がいて、風邪を引いていてマスクしている人、腕を骨折していてギプスを着けている人、何らかの原因で歩けず車椅子に乗っている人などが目についた。その都度エリスは相手に労わりの目を向けたが、相手の方も同じような目で彼を見返してきた。その理由はすぐに分かった――。
 彼がトイレに行って、用を足し終えて手を洗おうとしたときだ。ふと目に映った鏡で自分の姿を見ると、そこには頭部を包帯でグルグル巻きにされた、ミイラみたいな哀れな少年が映っていた。できれば『額に闇の力でも封じ込めてそうな痛カッコイイ風貌』とでも形容してやりたいのだが、どう見てもただの痛々しい怪我人だった。
 彼はあまり鏡を見ないようにして、そそくさと手を洗っていった。そ、そう言えば……オシッコしたの……病院で目覚めてから初めてだなぁ……今まで催さなかったの、不思議……。そこで彼は重大な疑問に気づいてハッとする。え? そんなのってある? まさか……まさか! 彼の顔から火が出る。僕、学校で気絶しているとき、友達や先生の前で、お、お、お漏らししちゃったのかも! もしそうだったら……うわぁぁぁぁぁぁ(実際は、緊急搬送された際、救命士にオムツを穿かされ、後々その中で失禁した)!
 またしても深い自己嫌悪に苛まれながら、フラフラと病室まで戻っていくエリスは、もう自分の存在が何なのかさえ、解らずに震えていた。そんな15の昼だった……。
 しばらくしてソフィーとソフィパ(もはやこの名前が定着している)が見舞いに来てくれて、少し話をすることになった。「あぁエリス……痛ましいですわ……ワタクシ、あなたのことが心配で心配で……もう! どうしてこんな『馬鹿なこと』したんですのっ!」そう言って母親のように泣き怒る親友を見ながら、彼は「ごめん……ごめん……」と謝り続けるだけだった。
 やがて他の友達も次々と自転車で駆けつけてくれた。ニコラ、ダニエル、キアラ、ソユル。みんなも口々に労わりや疑問の言葉を彼に浴びせるが、他の者たち同様、彼の頑なな態度に困り果てるだけだった。特にニコラは、彼の身に起こった昨日の出来事を知っていただけに、彼の自傷行為の原因の一端は自分にあるかもしれないと、遣る瀬ない思いを抱えていた。
 遅れてエミリーが到着した。みんな彼女に『何を言っても無駄だ。今はそっとしておこう』と言ったのだが、彼女は端から何も言うつもりはなかった。ただ彼が『助け』を求めてきたときに、精一杯力になってあげようとだけ心に決めていたのだ。そんな彼女の無言の眼差しを見たエリスは、ついに心の砦が崩れ落ちるのを感じた。限界だった……。
 「エミリー……助けて……」捨てられて雨ざらしになった小動物みたいに震える彼が、小さくそう呟くと、彼女は小さく微笑んで「あいよ」と言ってから、他のみんなを病室の外に追い払ってくれた。ベッド脇の椅子に腰かけ、彼と向き合うエミリー。彼女は彼が話し始めるまでただ、彼の怯えた目を見つめ続けていた。
 「ぼ、僕ね……」ついに口を開くエリス。今こそ秘密を打ち明けるときだった。「昨日『オナニー』しちゃったの」
 「へっ?」エミリーが呆気にとられる。えっ? オナ……えっ!? まさかそんな……冗談でしょエリス――。そんな彼女を余所に、エリスは昨日の『珍事』を吐露していく。
 「君たちのこと『オカズ』にして、ひたすら気持ちよくなるためだけに……自分で自分の身体を……」そこでとうとう彼の涙腺が崩壊する。改めて口に出すことで、自分に対する嫌悪感が強まったのだ。「そしてイッちゃう寸前、お父さんとニコに見つかって、二人に全部見られちゃったんだ……酷い姿、全部……」
 「それに本当は、アプリのアカウントも自分のせいで失っちゃったんだ……カイトっていう日本にいる友達と、昨日ビデオ電話中にエッチなことしちゃって……みんなに嘘つきたくなかったけど、どうしても恥ずかしくて……言えなくて……」彼は病衣の袖で涙を拭って続ける。「それで、自分のこと嫌いになっちゃって……罰したくて……あんなことしちゃったんだ……あっ、そうだ僕、君の大事な手に怪我させちゃった! あれっ、大丈夫――」
 ずっと俯きながら話していたエリスが、とっさに顔を上げてエミリーのことを見ると、彼女が目に涙を溜めて、口を手で覆いながらなんと――笑いを堪えていた。え? エミリー? 何その顔? 彼が戸惑いを感じる間もなく、エミリーが爆発する。「アーハハハハハハッ!」病室に響き渡るバカ笑い。えっ!? えぇぇぇぇぇっ!?
 「ふーっ! ひーっ! やめてよエリス! クヒヒヒヒッ――」エミリーが腹を抱えて爆笑し、何とか体内に溜まった笑いのエネルギーを沈めていく。あー苦しい、苦しい! 全くこの子は――フッ――どんだけ『まじめ』なの――。「んもーっ! 冗談はよし子ちゃんよ、エリスー!(T’es trop drôle, toi, Ellis !) そんな『ちっちゃなこと』で悩んでたのぉ?」
 エリス「ひ、酷いよ、そんな言い方! 僕は真面目に――」
 エミリー「真面目すぎんのよ、エリスはぁ~。オナニーくらい誰でもしてるって~」
 エリス「え……エミリーも?」
 エミリ―「モチしてる! ときどき『クリちゃん』クリクリって――」
 「わーわー、言わなくていいからぁ!」エリスが羞恥心から耳を塞ぐ。これを面白く思ったエミリーがさらなる猥談を畳みかけていく。
 「あのソフィーだって、きっとしてると思うよ? あぁいう『高貴』で『お上品』気取ってる子に限って、実は裏では『エロエロ魔人』だったりするんだよ!」そこで彼女は、顔を真っ赤にして耳を塞いでいる彼の耳元まで口を近づけて、本格的に囁き声で『言葉攻め』を行っていく。「想像してごらん? 毎晩、天蓋付きのベッドのなかで、君のことオカズにしながらニャンニャンしてるソフィーを」
 想像してごら~ん? 味噌がなく、出汁もなく、具もない味噌汁を……お湯です! じゃなくって……もはや彼女のやっていることは完全にセクハラだったが、彼のことが可愛すぎて、彼女もついつい意地悪したくなったのだ。「エリス……勃起した……?」いささかやりすぎではあるが……(実際エリスはウンウン唸りながら強く耳を塞いでいたので、何も聞こえてなかった)。
 「なぁんてね! 冗談じょーだん!」エミリーが笑って彼の肩を叩く。「あのソフィーに限ってそんなことするわけないかー! アハハッ!」
 「え? ソフィーが……なぁに?」人力イヤーマフを仕舞ったエリスが、涙目で彼女のことを見上げると、彼女は「なんでもナーミン!(Rien de bien, p’tit lutin !)」っと彼の頭をワサワサした。

 「はっ……ハッチュッ!」そのころ奇跡的にも、紅茶を飲みすぎてトイレに行っていたソフィーが、帰り際盛大にクシャミをして、鼻を啜っていた。こういう『迷信をメタファー的に描くあるある手法』は苦手だが、あまりにもバッチリのタイミングで彼女がクシャミしたので、いちおう触れておこうと思う。
 『あらやだワタクシ……風邪でも引いてしまったのかしら? そうですわ! 病院なんかに来たものだから、きっと患者に病原菌を移されてしまったのですわ! うぅ……またお手洗いに行き直し、ですわ……』ですわですわ、そーですわ! ですのですの、そーですの! 彼女の『こじつけられる』日々は続く。

 「ともかくさ! オナニーなんて大したことじゃないんだから、『ちっちゃいことは気にするな』ってこと!」それな『えっみりぃ』! それワカチコワカチコ~! 彼女の気楽な説得を前に、エリスは不服そうだ。『それができれば苦労しない』とでも言いたげな顔で俯いてしまう。彼女はそんな彼に向って、最後の説得を試みる。「エリスはさ、自分のこと『何でもできる完璧超人』だと思ってるの?」
 「まさか!」この辛辣な質問に対し、彼も思わず反発してしまう。「僕はただ……自分のなかに、どうしても受け入れられない一面があったから……苦しくて」
 「それが『完璧主義』だって言ってんの!」彼女が語気を強める。今は厳しく諭す方が効果があると判断したのだ。「自分の嫌いなところなんてね、みんな持ってるんだよ? それも一つや二つじゃない、十個でも百個でも、千個でも持ってるんだ! それでもみんな頑張って生きてる! 自分の好きなところ伸ばしながら、嫌いなところと闘いながら生きてるんだ!」彼の胸ぐらを掴んで必死に訴え掛けるエミリー。彼女の決死の叱責が続く。
 「それなのに君は、たった一つ二つ自分の弱点を見つけたからって、いつまでもウジウジ悩んで、あげく自分のことを傷つけて、それで嫌いな自分をやっつけた気になってる! 全然違うでしょ!? てんで的外れでしょ!? それで心は軽くなったの? なってないでしょ!? もっと辛くなったでしょ!?」エリスの目から涙が溢れてくる。「みんなみんな君のことが大好きなんだ! それなのに君は今日、愛してくれている人たちみんなを裏切ったんだ! だから君はもっともっと自分を嫌いになるべきなんだ! そしてそれに慣れるべきなんだ! もう何があっても、絶対にこんな最悪な間違いを犯さないように――」
 ついにエミリーが彼を抱きしめて、涙を流す。「よかった……エリスが生きててくれて、本当によかったよぉ……もうこんなこと、絶対にしないでね……」彼女自身、本当はすごく怒っていたし、怖かったのだ。彼女の感じていたそれらの感情は、今やしっかりとエリスにも伝わっていた。心が全て解き放たれたように、涙と鼻水が溢れてくる。
 「ごめっ……ごめんなさぁぁぁぁい……僕が間違ってましたぁぁ……もうしましぇぇぇぇん……約束しまぁぁぁすぅうえっぐっ……」親友の胸で、五歳児のように泣きじゃくる彼。ちょうど二つ隣の病室にいた看護師が、『面会時は静かにするように!』と注意するつもりで二人の病室まで歩いてきたが、彼らの温かな様子を見ては、『もうしょうがないわねぇ』というジェスチャーをして引き返していった。そして二人は、しばし泣きながら抱き合っていた。
 *
 「エミリー、ホントにありがとう。僕、やっと目が覚めたよ」エリスが目を伏せながら、反省したように呟く。「君って強いね……どうしてそんなに強いの?」
 「またまたぁ、エリスってば買い被り杉ぃ」彼女が椅子に腰掛け直し、ワッハッハと笑う。「まぁでも、こんなに泣いたのは確かに久しぶりかも?」
 「いいなぁ。僕泣き虫だからさ……見習いたいな……」そこで彼は一つに事実に思い至る。「もしかして君が強いのってさ、『空手』を習ってるからじゃない?」彼のなかで全ての疑問が繋がった。考えるほどに、それが彼女の強さの秘訣に思えてならない。「そうだ、きっとそうだよ!」
 「い、いやぁ~どうだろ?」エミリーは複雑そうだ。『違う』と言うのも、『そうだ』と言うのも、どっちも合ってるようで違っているような気がするからだ。「たぶん~、半分くらい?」
 エリ「エミリー! 僕に空手教えて!」
 エミ「はっ?」
 エリ「僕、君のように強くなりたいんだ!」
 エミ「いやいや~、やめといた方がいいよぉ?」
 エリ「どしてぇ?」
 エミ「アタシがやってるのは『極真空手(Kyokushin Karate)』っていう『フルコンタクト空手』で、『防具なしで実際に相手に技を当てて闘う、タフな空手』なんだ。エリスにはちと厳しいかも?」
 エリ「それでも挑戦してみたいんだ! 怪我したり痛い思いする覚悟はできてるよ!」
 エミ「け、けどにゃ~?」
 エリ「お願ぁ~い♡」
 エミ「うっ……仕方ないにゃ~」
 エリ「ほ、ホント?」
 エミ「うん……けどアタシもまだまだ発展途上で、とても他人に教えたりできる腕前じゃないからさ……もしあれなら、明日アタシが通っている道場に来てみる? どうせやるなら、ちゃんとした先生に習った方がいいと思うよ?」
 「う、うんっ! ありがとうエミリー!」またしても抱き合う二人。今度は喜びから来る、エリスからの抱擁だった。エミリーは彼の細い身体をポンポン抱き叩きながら、『こ、この子がフルコン空手を……だ、大丈夫かな……』と若干の不安を感じていた。ま、やれるとこまでやってみればいいよね? 何はともあれ、エリスがまたいつものエリスに戻ってくれて、よかったよ――。彼女は彼を抱き留めて、とびっきりのジョークでこの場を締めくくる。
 「あっ、言い忘れたけど、極真空手は『引っ掻き』も『頭突き』も反則だよ?」言ってやったり! さすがは本作にコメディ要素を持ち込む女神! 右手首を示しながらお茶目に笑う彼女を見て、そのセリフの意味を理解したエリスは、「もーっ! エミリーのいじわるぅ~」と顔を真っ赤にした。
 へへっ、まぁ『手技による顔面攻撃』も反則なんだけどねっ。だからお相子だよエリス! 本当に実現するか分からないけど、もし君と空手できたら……うんっ、確かに楽しいかもね?

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